Wednesday, July 25, 2012

子どもの権利委員会と日本


ヒューマン・ライツ再入門20

子どもの権利委員会と日本



『統一評論』536号(2010年8月)





                    

一 歴史教科書に勧告



 六月一五日、子どもの権利条約に基づく子どもの権利委員会が、五月に行なわれた日本政府報告書審査の結果としての勧告を公表した。日本のマスメディアはこれを黙殺したが、韓国のメディアが伝えている。

 六月一六日の『聯合ニュース』は、「国連子どもの権利委、日本に歴史教科書是正勧告」と題して次のように報じた。

【ジュネーブ一五日聯合ニュース】国連子どもの権利委員会が、日本の歴史教科書はアジア太平洋地域の歴史に対するバランスの取れた視点がみられないと指摘し、是正を勧告した。/一五日に公開された委員会の報告書によると、先月二五日から今月一一日までの第五四会期で、日本の「子どもの権利条約」履行状況を審議。その結果、日本の歴史教科書はアジア太平洋地域の他国の学生との相互理解を強化できないだけでなく、歴史的事件を日本の観点でだけ記述していることが懸念されると指摘した。そのうえで、「アジア太平洋地域の歴史的事件に対しバランスの取れた視角を示せるよう、教科書を公式に再検討することを政府に勧告する」と述べている。/また、華僑学校や在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)系の学校など、他民族出身の子どもたちが通う学校への支援が十分ではなく、こうした学校を卒業しても大学入試に必要な資格条件が認められないことも懸念点だとした。非日本系学校への支援を拡大し、大学入試などでの差別を撤廃するよう勧告した。/さらに、開発途上国の児童の人権を優先的に考慮する政府開発援助(ODA)を拡大し、アイヌや韓国人など少数民族出身の子どもたちに対する差別をなくすことも勧告した。/同委員会の李亮喜委員長は、二〇〇四年の日本に対する総括所見で首席審議官として活動している。今回も歴史教科書と朝鮮学校差別問題を積極的に提起した。先ごろの聯合ニュース特派員の取材では、「これら問題は、人権条約履行状況を検討する際、継続して提起していく必要がある」との考えを示している。今回の報告書は、今後行われる日本に対する国連人権理事会の普遍的審査(UPR)でも活用されるだろうと述べた。


同様に、六月一八日の『朝鮮日報』は、「日本の歴史教科書めぐり国際機関が是正勧告」と題して次のように報じた。

 国連児童の権利に関する委員会(委員長:李亮喜成均館大法学部教授)は、日本の歴史教科書について、アジア・太平洋地域の過去の歴史に関する、バランスある視点が見られないとして、日本政府に対し是正を勧告した。/同委員会は、一六日に公開した報告書で、第五四会期中に実施した日本の「児童の権利に関する条約」履行状況の審議の結果、日本の歴史教科書は、アジア・太平洋地域の他国の生徒たちとの相互理解を強化し得ないだけでなく、歴史的事件を日本の観点からだけ記述していることを懸念する、と指摘した。/ また、「アジア・太平洋地域の歴史的事件に関してバランスある視点が見られるよう、教科書を公式に再検討することを政府に勧告する」と記した。さらに報告書は、華僑の学校や在日本朝鮮人総連合会の学校などに対する支援が十分でなく、これらの学校を卒業しても、大学入学に必要な資格要件が認められないことにも注目し、日本政府が日系以外の学校に対する支援を増やし、大学入学などの面での差別を撤廃することを勧告した。



 このように重要な勧告が出ているにもかかわらず、日本のマスメディアを通じて事実を知ることができないのは残念である。



二 在日朝鮮人のロビー活動



 もっとも、日本におけるメディアにおいて現地状況を知ることができないわけではない。それは在日朝鮮人によるメディアである。そのほかに子どもの権利問題で活動してきたNGOのニュースや報告会でも多くのことが語られているが、ここでは在日メディアを見ておこう。

子どもの権利委員会に参加してロビー活動を行なった廉文成(朝鮮大学校外国語学部助教)は、六月七日の『朝鮮新報』に現地活動報告を寄せている。
 まず、「子どもの権利委員会の対日審査を傍聴するオモニたち」として、 「子どもの人権が守られているかどうかを調べる本審議に『朝鮮学校オモニ代表団』が参加し、日本当局による民族教育に対する差別的な政策を一日も早く取りやめ、朝鮮学校に通う子どもたちに対する暴言、暴行事件根絶のための積極的な措置を講じるよう訴えた。審査結果を踏まえた総括所見は六月中旬に発表される予定で、朝鮮学校に対する差別是正を勧告する内容が含まれる見通しだ」としている。
 続いて、「チマ・チョゴリでロビー活動」との見出しで、「神奈川、埼玉、茨城、愛知、大阪、兵庫の六府県下の朝鮮学校オモニ会と女性同盟の役員ら一三人で構成された代表団(団長=金栄淑)は、『子どもの権利条約』対日審議を傍聴。朝鮮学校を『高校無償化』の対象から除外するなど、日本当局が敢行する民族差別の現状について委員らに報告し、民族教育への理解を求めた。/『子どもの権利を守り、立派な朝鮮人に育てたい』――オモニたちはその一心で、言葉の壁を乗り越え、精力的に活動した。/チマ・チョゴリに身を包んだオモニたちは、国連人権高等弁務官事務所、国連欧州本部、国連朝鮮代表部などを訪問し、委員やNGO関係者、記者らにビラを配るなどして民族教育への理解を求めた。NGO会合などを通じた交流も積極的に行った。/代表団は、昨年一二月の『在特会』による朝鮮学校襲撃事件、『高校無償化』除外に至った経緯について説明し、朝鮮学校の生徒と保護者たちが民族教育の権利を侵害されている現状を訴えた。/そして、その本質が植民地時代から継続する植民地主義、民族差別にあることを指摘した」と伝える。
 次に、委員会の審議手順を解説している。政府による報告、それに対して審査を行う委員たちによる質問の手順である。NGOには発言権がないので、休憩時間などにロビー活動を行い、問題点を提起する。日本政府の答弁に問題点があればそれを委員たちに知らせ、問題の再提起を求めたりもする。
 朝鮮学校の高校無償化除外問題についてもロビー活動を展開した。

「五月二七日午後の審議では、二人の委員が日本政府に対し朝鮮学校の『無償化』除外について質問した。代表団がほぼすべての委員に接触したことが効果的だった。/日本政府は、『無償化』の対象になるには本国認定や国際的な評価機関による認定などの基準を満たせば良いと言い放った。これに対し代表団は、中井拉致問題担当大臣の朝鮮学校べっ視発言など朝鮮学校が除外された経緯や政治的抑圧であり民族差別であるという同問題の本質について、紙に記し委員に手渡すなど、臨機応変に対応した。/審議時間の関係上、日本政府の不十分な答弁に対して再度問いただす時間がなかったが、委員たちは『政府の答弁が不十分なのでこの問題に関して必ず勧告に盛り込む』と言っていた。また『本当に朝鮮学校だけが除外されているのか』とあからさまな差別に驚く委員もいた。国際的な基準に照らし合わせた場合、想像すらできないほどの許しがたい差別だということだ。/オモニ会連絡会と女性同盟は、国連での要請活動をきっかけに民族教育の権利拡充運動をよりいっそう強めていきたいと意気込んでいる」とまとめている。



三 子どもの権利条約
 

子どもの権利条約は、一九六六年の二つの国際人権規約、一九二四年の子どもの権利宣言、一九五九年の子どもの権利宣言を踏まえて、一九八九年一一月二〇日に採択された。

前文は、「家族が、社会の基礎的な集団として、並びに家族のすべての構成員特に児童の成長及び福祉のための自然な環境として、社会においてその責任を十分に引き受けることができるよう必要な保護及び援助を与えられるべきであることを確信し、児童が、その人格の完全なかつ調和のとれた発達のため、家庭環境の下で幸福、愛情及び理解のある雰囲気の中で成長すべきであることを認め、児童が、社会において個人として生活するため十分な準備が整えられるべきであり、かつ、国際連合憲章において宣明された理想の精神並びに特に平和、尊厳、寛容、自由、平等及び連帯の精神に従って育てられるべきであることを考慮」するとした上で、「児童の権利に関する宣言において示されているとおり『児童は、身体的及び精神的に未熟であるため、その出生の前後において、適当な法的保護を含む特別な保護及び世話を必要とする。』ことに留意し、国内の又は国際的な里親委託及び養子縁組を特に考慮した児童の保護及び福祉についての社会的及び法的な原則に関する宣言、少年司法の運用のための国際連合最低基準規則(北京規則)及び緊急事態及び武力紛争における女子及び児童の保護に関する宣言の規定を想起し、極めて困難な条件の下で生活している児童が世界のすべての国に存在すること、また、このような児童が特別の配慮を必要としていることを認め、児童の保護及び調和のとれた発達のために各人民の伝統及び文化的価値が有する重要性を十分に考慮し、あらゆる国特に開発途上国における児童の生活条件を改善するために国際協力が重要であることを認めて、次のとおり協定した」とする。

第一条は、子どもの定義を示している。「この条約の適用上、児童とは、一八歳未満のすべての者をいう。ただし、当該児童で、その者に適用される法律によりより早く成年に達したものを除く」としている。

これは日本政府による「公定訳」であるが、明らかに不適切な訳である。「子ども」と訳すべきところを「児童」としたため、「一八歳未満」との整合性が取れない。法律(児童福祉法)の児童もこれにあわせて一八歳未満と変更したが、著しく語感に反する。国際文書の翻訳に誤訳があるのはやむを得ないことと思われるかもしれないが、政府訳の誤りは当初から指摘されていたのに、誤訳のまま押し通したのが実情である。

第二条は差別の禁止である。第一項は、「締約国は、その管轄の下にある児童に対し、児童又はその父母若しくは法定保護者の人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的、種族的若しくは社会的出身、財産、心身障害、出生又は他の地位にかかわらず、いかなる差別もなしにこの条約に定める権利を尊重し、及び確保する」としている。

第三条は子どもの最善の利益である。第一項は「児童に関するすべての措置をとるに当たっては、公的若しくは私的な社会福祉施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても、児童の最善の利益が主として考慮されるものとする」としている。

第七条は氏名・国籍の権利である。「児童は、出生の後直ちに登録される。児童は、出生の時から氏名を有する権利及び国籍を取得する権利を有するものとし、また、できる限りその父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する」とする。氏名の権利も国籍の権利も日本国憲法にはない規定である。

第八条はアイデンティティの保全である。第一項は「締約国は、児童が法律によって認められた国籍、氏名及び家族関係を含むその身元関係事項について不法に干渉されることなく保持する権利を尊重することを約束する」とする。「身元関係事項」とあるのはアイデンティティの迷訳である。

第一二条は意見表明権である。第一項は「締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において、児童の意見は、その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする」としている。

その他、各種の自由権、虐待からの保護、難民子どもの保護、教育権、性的搾取からの保護、少年司法の諸規定が掲げられている。



四 子どもの権利委員会



 条約第四三条第一項は、「この条約において負う義務の履行の達成に関する締約国による進捗の状況を審査するため、児童の権利に関する委員会(以下「委員会」という。)を設置する。委員会は、この部に定める任務を行う」とし、他の人権条約と同様に、人権条約の履行のために、子どもの権利委員会(CRC)を設置することにしている。

 同条第二項により、「委員会は、徳望が高く、かつ、この条約が対象とする分野において能力を認められた一八人の専門家で構成する。委員会の委員は、締約国の国民の中から締約国により選出されるものとし、個人の資格で職務を遂行する。その選出に当たっては、衡平な地理的配分及び主要な法体系を考慮に入れる」とされている。当初は委員数は一〇人であったが、二〇〇二年から一八人である。

委員会は、締約国の報告書を審査する。条約第四四条第一項は、「締約国は、(a)当該締約国についてこの条約が効力を生ずる時から二年以内に、(b)その後は五年ごとに、この条約において認められる権利の実現のためにとった措置及びこれらの権利の享受についてもたらされた進歩に関する報告を国際連合事務総長を通じて委員会に提出することを約束する」としている。同条第二項は、「この条の規定により行われる報告には、この条約に基づく義務の履行の程度に影響を及ぼす要因及び障害が存在する場合には、これらの要因及び障害を記載する。当該報告には、また、委員会が当該国における条約の実施について包括的に理解するために十分な情報を含める」としている。

そして、条約第四五条により、「委員会は、前条及びこの条の規定により得た情報に基づく提案及び一般的な性格を有する勧告を行うことができる。これらの提案及び一般的な性格を有する勧告は、関係締約国に送付し、締約国から意見がある場合にはその意見とともに国際連合総会に報告する」とされている。

委員会は、条約を締結した諸国から報告書を受理して審査を行なう。第一に、締約国による報告書の作成・提出である。続いて、委員会は、報告書および関連資料を委員に配布する。第三に、委員会会期前に作業部会を開催して、事前に質問事項を整理する。第四に、締約国の政府代表を迎えて審査が行なわれる。本審査ということになる。審査では、当該政府代表団が自己紹介の後、報告書のプレゼンテーションを行なう。続いて、委員による質問と政府による回答がなされ、国別報告者による予備的所見が示される。第五に、委員会の総括所見(最終所見)を公表する。これに勧告が含まれる。

日本政府は、条約を一九九四年に批准した。日本政府報告書の審査は、一九九八年に第一回審査、二〇〇四年に第二回審査が行なわれ、今回は第三回であった。

なお、子どもの権利条約には、「子どもの売買、子どもの売春および子どもポルノグラフィーに関する選択議定書」、および「武力紛争への子どもの関与に関する選択議定書」がある。日本政府はこれらにも加入しているので、今回の審査では選択議定書に関する報告と審査も行なわれた。



五 委員会勧告



 子どもの権利委員会による日本政府第三回報告書の審査結果としての総括所見に含まれた勧告は非常に多く、充実した内容である。一部の項目だけ列挙しておく。

  前回二〇〇四年になされた勧告の多くが実施されず、まったく対応されていないことは遺憾である。

  日本政府が条約第三七条()に関する留保を撤回するよう勧告する。

  子どもの権利に関する包括的立法を検討するよう勧告する。

  子どものための国家行動計画を策定するよう勧告する。

  次回報告で国家人権委員会および子どもオンブズパーソンについての報告をするよう勧告する。

  子どもの権利のためのプログラムについて市民社会との連携を強化すること。

  民族的マイノリティの子ども、移住労働者の子ども、障害を持った子どもなどへの社会的差別に対処すること。

  在留資格を有しない者が子どもの出生届すらできない状況を改善すること。

  学校における体罰がなくなっていないことを懸念する。

  子どもに対する暴力に関する国連研究のフォローアップを行なうこと。

  児童虐待やネグレクトに対処し、子どもを保護すること。

  障害をもつ子どもの諸権利を保障すること。

  子どもの教育における過度の競争(受験競争)について遺憾に思う。

  朝鮮学校等への補助金が不十分である。大学受験資格差別があることを懸念する。

  外国人学校への補助金を増額するよう勧告する。

  ユネスコ教育差別禁止条約を批准するよう勧告する。

  歴史教科書記述が偏っているため子どもの相互理解が増進されていない。

  検定教科書におけるアジア太平洋地域の歴史に関するバランスのとれた見方を提示するよう勧告する。

  保護者のいない難民子どもを保護すること。

  人身取り引きへの効果的監視を行なうこと。

  子どもの性的搾取の増加を懸念し、対策をとるよう勧告する。

  アイヌ、朝鮮人、部落その他のマイノリティの子どもが社会的に周縁化されていることを懸念する。

  勧告を日本の市民社会や子どもが入手できるようにすること。

  二〇一六年五月二一日までに次回報告書を提出すること。