Saturday, July 28, 2012

女性に対する暴力


『救援』469号(2008年5月号)、470号(2008年6月号)



女性に対する暴力(一)





拷問の定義



 本年三月に開催された国連人権理事会第七会期に提出されたマンフレッド・ノヴァク「拷問問題特別報告者」の報告書(A/HRC/7/3)は、女性に対する拷問を主題として取り上げている。

特別報告者は「拷問からの女性の保護を強化する」ために、第一に、拷問の定義にジェンダー観点を盛り込む必要性を指摘している。第二に、ジェンダー観点を盛り込んだ拷問の定義の具体的な試みを開陳している。第三に、拷問被害を受けた女性のために正義を実現する方策に言及している。

ノヴァク特別報告者は、これまでの国連人権機関における女性に対する暴力をめぐる研究の成果を適用し、拷問からの女性の保護のためにさまざまな国際人権文書を活用する必要があるとして、自由権規約第七条および拷問等禁止条約が拷問を禁止していることを確認し、拷問等禁止条約第一条の定義を取り上げる。第一条に示された拷問の四つの要素は、①身体的精神的に重大な苦痛、②意図、③目的、④国家の関与、である。

特別報告者は、これに第五の要素として「無力さ」を追加するよう提案する。無力さの状況は、たとえば拘禁状態において、ある人が他人に対して全権力を行使する場合に明確になる。被拘禁者は逃げることも自分を守ることもできないからである。警察車両に乗せられて手錠をかけられた場合も同様である。強姦は、こうした権力関係の極端な表現である。個人的な暴力の場合にも無力さの程度を検討することが必要である。被害者が逃げることができず、一定の状況にとどまることを強制されていたことが判明すれば、無力さの基準を十分に考慮するべきである。

無力さを基準にすれば、性別、年齢、心身の健康などの被害者の特殊な状況を考慮に入れやすくなる。宗教が女性に無力さの状況を作り出す場合もある。女性が従属的な地位に置かれているのに、国家が差別的な法のままにしているため、犯行者を処罰せず、被害者を保護しないので、女性は組織的に心身の苦痛を余儀なくされている。

目的要素について言えば、実行行為がジェンダーに向けられていれば、拷問等禁止条約の定義に差別条項が含まれているから、目的があったと判断できる。目的があれば、意図の要素もあったことになる。女性に対する暴力撤廃宣言の趣旨を踏まえた解釈が必要である。

第一条において国家の中心的役割が要素とされたために、直接に国家の管理の下にない女性に対する暴力からの女性の保護を不十分にする働きをしてきた。特別報告者は、公務員による同意や黙認という言葉は、私的領域においても国家に責務のある場合があること、私人による拷問・虐待を裁判にかけて被害者を保護することを怠った国家についても差し向けられていると解釈しようとする。現に、拷問禁止委員会は一般的勧告第二号(二〇〇七年)において、国家でない私人等による拷問を処罰しようとしないことは、結果的に国家による事実上の拷問容認を意味することになるとしている。



公的領域における拷問



それでは、拷問の再定義は具体的にどのように行われるべきか。ノヴァク特別報告者は第二の問題に歩みを進める。まず、公的領域における拷問・虐待である。

①強姦と性暴力。身柄拘束された女性に対する拷問で、これまで議論されてきた典型例は、強姦、その他の形態の性暴力(強姦の脅迫、接触、処女検査、裸にすること、侵襲的な身体検査、性的侮辱など)である。これらが公務員の教唆や黙認のもとに行われた場合に拷問に当たるという拷問禁止委員会の見解がある。欧州人権裁判所の一九九七年判決は、被拘禁者に対する強姦は特に重大な虐待であるとしている。旧ユーゴスラヴィア国際刑事法廷のセレヴィッチ事件およびフルンジヤ事件判決も重要である。国際刑事裁判所規程第八条二項(b)にも関連規定がある。特別報告者は、強姦が他の拷問よりも重大な苦痛を与えることを指摘し、さらに、文化によっては強姦被害者がコミュニティや家族から拒絶されてしまい、被害からの回復を妨げ、大きなダメージになることにも言及している。性病、望まない妊娠、流産なども被害の中身である。公務員による拷問としての強姦は、個人に対してだけでなく、家族やコミュニティを破壊するためにも用いられる。ルワンダ国際刑事法廷のアカイェス事件判決は、強姦がジェノサイドの一形態として行われたことを認定した。

②妊娠女性に対する暴力、リプロダクティヴ・ライツの否定。自由権委員会の一般的勧告第二八号(二〇〇〇年)は、強姦の結果として妊娠した女性に対する強制中絶や、安全な中絶の否認は、自由権規約第七条に違反するとしている。拷問禁止委員会の一般的勧告第二号も、再生産に関する決定は、女性が特に被害を受けやすい文脈となることを確認している。自由権委員会は、同意のない不妊手術も自由権規約違反であるとしている。難民高等弁務官事務所も、強制中絶や強制不妊を処罰されるべき犯罪と見ている。難民状況にある者に対する強制中絶などは人道に対する罪としての迫害に当たる。

③身体刑。特別報告者は、従来、シャリア法による石打刑(石を投げつける方法での死刑)の事例について、それが姦通その他の関連犯罪を行ったとされる女性に向けられた、差別的な刑罰であるとして、批判してきた。石打刑は女性差別撤廃条約やその他の人権文書に違反する。特別報告者、自由権委員会、拷問禁止委員会、人権委員会はいずれも、いかなる身体刑も拷問の禁止に違反するとしている。

④拘禁が女性に特に有する問題。拘禁された女性は、再生産の権利、家族との接触、衛生などさまざまな局面で特にニーズを有することが見過ごされてきた。幼児の養育や、妊娠している場合のニーズなどへの配慮がなされてこなかった。多くの国では男性職員が拘禁された女性に接する地位にあり、男性職員による性暴力を増大させている。男性職員が監督権限を濫用した性暴力ある。男性職員は暴力によるだけではなく、女性被拘禁者に対する優遇措置や物品供与を利用して性的関係を結ぶことと取引条件にし、女性に「同意」を強いる例がある。





女性に対する暴力(二)



私的領域



マンフレッド・ノヴァク「拷問問題特別報告者」が国連人権理事会第七会期に提出した報告書(A/HRC/7/3)は、「私的領域における拷問や虐待」について、伝統的慣行(ダウリー暴力、焼かれる花嫁等)、名誉殺人、セクシュアル・ハラスメントなど多様であると指摘しつつ、世界中で行われている大規模なものとして、ドメスティック・バイオレンス、女性器切除、人身売買に焦点をあてている。

①ドメスティック・バイオレンス(DV、親密なパートナーによる暴力)。ノヴァク特別報告者は、被拘禁女性に対する看守による暴力とDVを対比して、死傷の結果に至ることもあり、抑圧、不安、自己評価の低下、孤立化をもたらし、PTSDを惹き起こす点では変わらないとしている。被害者を無力な状態にとどめ、抵抗力を破壊する点でも同じであるという。だが、国家はDVを黙認してきた。女性を虐待状況に放置する法律を制定してDVの共犯となってきた。女性に適切な保護を与える国内法を制定していない国家には、DVについて責任がある。欧州人権裁判所一九九八年判決は、子ども虐待を放置していたイギリス法は欧州人権条約第三条に違反するとした。法律があっても執行機関が適切な対処をしなければ不十分である。米州人権委員会二〇〇一年判決は、一九八三年から夫による暴力に耐えていた女性の訴えに適切に対処しなかったブラジル政府は効果的な措置をとるべきであったと認定した。ラディカ・クマラスワミ「女性に対する暴力特別報告者」の一九九六年報告書は、国際機関やNGOの協力による調査を求めていた。自由権規約委員会二〇〇〇年一般的勧告は、拷問等が男女平等に違反するとしている。拷問禁止委員会も繰り返し同様の指摘をしてきた。

②女性器切除(FGM)。ノヴァク特別報告者は、FGMは拷問と同様に重大な苦痛を与えるものであり、粗野な道具を用いたり麻酔なしで行われるといっそう苦痛が激しくなるとする。最悪の場合にはショックや病気感染による死亡をもたらす。PTSD、苦痛、抑圧、記憶喪失などの結果が生じる。苦痛は、手術時だけではなく、女性の一生涯にわたることもある。妊娠中の女性の場合には母体にも胎児にも悪影響を及ぼす。十歳未満の少女に手術が行われることがあり、無力さの要因に注目する必要がある。両親やコミュニティによる完全なコントロールのもとで手術が行われるからである。FGMは拷問であり、国内法が容認しているとすれば、国家による拷問の黙認である。医療関係者によるFGMの「医療化」が進んでいるが、だからと言って許容できることにはならない。女性に対する暴力特別報告者、拷問問題特別報告者、拷問禁止委員会、自由権規約委員会、難民高等弁務官などがFGMを批判してきた。

③人身売買。人身売買にはさまざまな形態・特徴があるが、多くの場合、被害者は出身国で誘拐・徴募され、受入国に送られ、搾取される。最近のルーマニア・ドイツに関する研究によると、人身売買業者は被害者に対する心理的コントロールによって逃げることができないようにしている。毎日一八時間以上もの労働を強制されて搾取される。身体的暴力、心理的暴力、性的虐待、脅迫は拷問や虐待に当たる。欧州人権裁判所二〇〇五年判決は、国家には、人身売買を予防、訴追、処罰する刑法を制定する積極的な義務があるとした。人身売買被害者に適切な保護を与えていない国家には責任がある。拷問禁止委員会も、人身売買と拷問には密接な関係性があると繰り返し指摘してきた。



司法救済



 ノヴァク特別報告者は、拷問被害女性のための司法(正義)について二点の整理を行っている。

 ①司法へのアクセス。世界の多くの女性は、お金がない、移動が自由でない、法律が差別的であるといったハードルのために司法にアクセスできない。特に性暴力被害女性は司法にアクセスできずにきた。スティグマ(烙印)、家族やコミュニティによる拒絶、プライヴァシー喪失などさまざまな障害がある。捜査機関による二次被害もある。医療制度の不備があり、強姦被害者に対する迅速な診察も難しい。国内法は、強姦被害者が「同意」していなかった証拠として、いかに抵抗したかに焦点を当ててきた。裁判所は、心理的強制を軽視してきた。被害の深刻さを反映した証拠が、被害者に「同意」があったことの証明に逆用されることすらある。旧ユーゴスラヴィア国際刑事法廷のフルンジヤ事件判決は、事件以前の性的行為を被害者に不利な証拠として用いることを禁じた。国際刑事裁判所規則も、被害者が沈黙していたり、抵抗しなかったことを、直ちに「同意」があったものとすることを否定している。国際刑事裁判所には被害者証人局が設置されている。

 ②リハビリテーションと補償。ノヴァク特別報告者によると、拷問女性被害者のニーズへの対応はかつては注目されなかった。しかし、第二次大戦時における日本軍性奴隷制被害者の事例で、被害者のニーズにこたえる必要性が明らかになった。拷問禁止委員会が、日本政府報告書の審査の結果、述べたように、国家による事実の否認、事実の不開示・隠蔽、拷問責任者の不訴追、適切なリハビリテーションがないことの結果、被害者に再トラウマをもたらす。性暴力被害者へのスティグマの影響は深刻である。「強姦」を、言葉を言い換えて「性愛」の問題とすることによってスティグマが強まることもある。強姦の結果として母親となった女性や生まれてきた子どもには特に心理的サポートが必要である。「女性と少女の救済と補償を受ける権利に関するナイロビ宣言」(二〇〇七年)は、従来の武力紛争後の補償政策がジェンダー観点を持っていなかったことを踏まえて、今後の補償政策にジェンダー観点を導入するものである。「真実を語る」ことは補償にとって決定的な要素であり、刑事司法は補償プロセスの中核であり、制限されてはならない。責任者を裁判にかけることは、補償の重要な鍵となる。

 ノヴァク特別報告者は以上の検討を踏まえて数々の勧告をまとめている。