Tuesday, March 12, 2013

ネオリベラリズムのオモテとウラ

中山智香子『経済ジェノサイド――フリードマンと世界経済の半世紀』(平凡社新書) 「経済学者はいったい何をしているのです」(リーマン・ショック後にエリザベス女王が発した言葉)が帯に印刷されている。「お金がすべて」のネオリベラリズムが経済を領導・分析してきたはずが、現実に追い越され、突き放されて、なすすべもなく崩壊し、<お寒い経済学>と成り果てたことを示すものだ。                                                                                         本書は、グローバリズムの時代のネオリベラリズムの起源を1973年9月11日、チリのアジェンデ政権に対する軍事クーデタとその後のチリ経済を「発展=崩壊」させた初期フリードマン経済学にみる。その後、フリードマン経済学がアメリカを、そして資本主義世界を席巻し、とめどなき倫理の崩壊、異常な格差構造、そして経済ジェノサイドがもたらされる。ネオリベラリズムの興隆、発展、世界制覇、そして崩壊は、素人にもよくわかる。                                                                                                       だが、その過程が決して単線的ではなく、さまざまな局面での闘いがあり、理論の対抗があった。一方でハイエクやフリードマン、シカゴ学派が登場するが、他方でフランクやアミンの世界システム論、そしてガルブレイスが対抗軸形成に活躍する。最後はポランニーだ。こうした経済学者の経歴や理論だけではなく、相互批判や、裏ワザによる嫌がらせや弾圧や、時にはさや当てなど、おもしろくも怖~いエピソードの紹介が続く。経済的自由、資本の自由、法律的に言えば営業の自由が近代において持っていた一見すると革新的な意味が、現代資本主義における貧困、人間抑圧、連帯の喪失へと転換していった謎がていねいに解き明かされる。フリードマンの「自由」が必然的に自由の破壊に至る道筋の解明である。                                                                                                                      著者は1964年生まれの東京外国語大学教授で、ウィーン大学に留学していたり、『経済戦争の理論――大戦間期ウィーンとゲーム理論』という著者があると言うが、本書ではアメリカのフリードマンとガルブレイスを中心に描いている。多彩だ。文章も面白い。時々、カッコ書きで遊んでいるのが楽しい。                                                                         もっとも、ポランニーにたどり着いて終わるのでは、どうかな~~と思う。20年以上前だろうか、ポランニーを紹介して、おもしろおかしく流行になった経済学者がいたが、あれはいったいどうなったの? という感じだ。手あかがついて放置されたポピュリズム・ポランニー。ポランニーのせいではなく、日本的現象だったのかもしれないが、今となっては、この荒野にそのまま植えてもポランニーの芽は出ないだろう。