Sunday, September 08, 2013

ローゼンガルト美術館散歩

ローゼンガルト美術館(ローゼンガルト・コレクション・ルツェルン)は、ルツェルン駅からピラトゥス通りに入ってすぐのところにある。裏手は、ロイス川のカペル橋と水の塔だ。ルツイェルンといえば、カペル橋、シュプロイヤー橋、ギュッチ展望台、ライオン像、氷河公園、ホープ教会、イエズス教会、ムー絶句城壁、そして湖の遊覧船だ。かつては旧市街にピカソ・ハウスがあり、ピカソの写真が多数展示されていたが、それもすべてローゼンガルト美術館に移された。ローゼンガルトとは画商ジーグフリート・ローゼンガルトの名前で、1930年代には主に印象派の作品を扱っていたが、1950年代からピカソとパウル・クレーに力を注いだ。クレーは1940年に亡くなっていたが、ピカソは長生きしたので、ローゼンガルトはピカソと親交を持った。ピカソは娘アンジェラ・ローゼンガルトの肖像画を描いている。鉛筆のものも、リトグラフもある。ローゼンガルト美術館1階はピカソがずらりと並ぶ。「カフェのバイオリン」(1913年)、「マントルピースのギター」(1921年)、「窓の前のテーブル」(1919年)、「窓の前で眠る裸婦」(1934年)、「ヌシュ・エリュアールの肖像」(1938年)、「ボートの少女(マヤ)」(1938年)、「麦わら帽子の女」(1938年)、「座っている裸婦(ドナ・マール)」(1941年)、「ドナ・マールの肖像」(1943年)、「戯れる女と犬」(1953年)、「アトリエのジャクリーヌ」(1956年)、「アトリエの女」(1956年)、「青い肘掛椅子の女」(1960年)、「帽子をかぶった女」(1961年)、「草上の昼食(マネの後に)」(1961年)、「画家」(1963年)、「横たわる女」(1964年)、「プロヴァンスの田舎」(1965年)、「パイプを持った男」(1968年)、「パイプと花を持った紳士」(1968年)、「立っている裸婦とパイプを持った男」(1968年)など。スケッチあり、油彩あり、彫刻あり、花瓶あり、皿ありだ。西岡文彦『ピカソは本当に偉いのか?』を読みながら、ピカソ作品を見たのはなんとも言いがたい経験ではある。他方、地下はすべてクレーだ。チュニス旅行の作から晩年まで多彩な作品が百数十点。「チュニスのサンジェルマン」(1914年)、「最初の動物たち」(1919年)、「アスコナ」(1920年)、「心臓の女王」(1922年)、「ある11月の夜の冒険の記憶」(1922年)、「エロス」(1923年)、「魚の絵」(1925年)、「星々と門」(1926年)、「クリスタルラインの景色」(1929年)、「ロマンティックな公園」(1930年)、「リトルX」(1938年)、「冬の太陽」(1938年)など。2階には、ピサロ、モネ(アムステルダム、ヴェロン教会)、ルノアール(裸婦、タンバリンを持ったイタリア女性)、セザンヌ、スーラ、シニャック、ボナール、ユトリロ、モディリアニ、ルオー、レジェ、ブラック(パイプのあるテーブル、プログラム)、マチス、ミロ、シャガール(ロシアの村、モデルたち、オペラ座の前で、赤い太陽)、カンディンスキーが展示されている。印象派、後期印象派、キュビズム、表現主義まで。第二次大戦後のピカソは別格。