Saturday, February 15, 2014

大江健三郎を読み直す(6)その向こうにむけて、できるだけ遠く投げておくことはできる。

大江健三郎『読む人間』(集英社文庫、2011年[集英社、2007年])                                                                                2007年に出版された単行本に、3.11以後の講演を一つ加えて文庫化されたもの。講演「読むこと学ぶこと、そして経験――しかも(私の魂)は記憶する」は、3.11以後の水戸で、東日本大震災に関わって自分の読書体験と小説執筆の話をして、それを加えたものだ。第1部「生きること・本を読むこと」は『すばる』に連載された講演記録で、元は2006年、池袋のジュンク堂での企画「大江健三郎書店」に際して半年間に7回の講演をしたものである。第2部「死んだ人たちの伝達は火をもって表明される」には、「『後期のスタイル』という思想――サイードを全体的に読む」と、上の「読むこと学ぶこと、そして経験」が収められている。                                                                                                         第1部の講演は、大江が若い時期からその都度読んで、学んできた著作、特に詩をもとに、その言葉を読み解きながら書いてきた小説の話である。つまり、読むことと小説を書くことの幸せなつながりである。ランボー、エリオット、ブレイク、マルカム・ラウリー、ダンテ、渡辺一夫など大江の読者にはなじみの名前が登場する。それらの言葉に大江がどのように触発され、味わい、悩み、読み直し、解釈し直しながら、自らの小説を構築していったかが語られる。「7 仕様がない!私は自分の想像力と思いでとを、葬らねばならない!」は「最後の小説」「最後の三部作」である「おかしな二人組」――『取り替え子』『憂い顔の童子』『さようなら、私の本よ!』を扱っているが、これらを読んでいない私にはわからないところ、推測するしかないところもある。                                                                                               第2部の「『後期のスタイル』という思想――サイードを全体的に読む」は、2003年に亡くなったサイードを「主人公」とした映画『エドワード・サイード OUT OF PLACE』(シグロ、2005年、佐藤真監督)の上映会での講演記録であり、サイードについてかなりまとまった話をしているので重要である。                                                                                                             (私がこの映画を見たのは、東中野のポレポレ座だったと思う。そして、後に監督の自殺を知って驚いたものだ。『阿賀に生きる』の監督で京都造形芸術大学教授だったが。大江の講演は2006年のことなので、佐藤監督が自殺するより以前である。)                                                                                                               大江とサイードの出会いや、さまざまなエピソードを紹介しつつ、サイードの「後期のスタイル」を自分に引き寄せて語る大江の講演は感銘深いものである。最後の3段落を何度も読んだ。全部は長いので最後の段落だけ引用しておく。                                                                                                          「長い目で見れば希望はある、ということに私は賛成です。しかもいま私は、その長い時はいつまでも続く、その前に自分らは死んでしまう、というように考えることはやめました。自分の死は確かだが、しかも相対的だ。その向こうにむけて『後期のスタイル』によってなしとげうるものを、できるだけ遠く投げておくことはできる。それをカタストロフィーとも見まがう緊迫したやり方でなしとげた芸術家たちの仕事が、現にいま私らの歴史の最良の部分を支えているではないか? そのエドワード・W・サイードの確信に、それこそ連帯の思いと優しい感情、すなわち優情を更新しながら、自分のlatenessの時を生きようと、私は思っています。」                                                                                                          ここから次の「最後の小説」である『水死』や『晩年様式集』への回路が開けてくる。                                                                                    ちなみに、最後の「読むこと学ぶこと、そして経験」では、井上ひさしの『父と暮らせば』を素材に語っているが、次の言葉には大笑いできた。                                                                                     「井上さんの言葉に、『難しいことを、やさしく』に始まる名高い一節があります。私はその反対に『やさしいことを難しく』だと自己批判したことがありますが(笑)。」