Tuesday, July 29, 2014

「慰安婦」ヘイト・スピーチ処罰法が必要だ(6)

三 「慰安婦の嘘」犯罪の条文案                                                 
                                                           
 それでは「慰安婦の嘘」犯罪を具体的に考えてみよう。                                       
                                                       
1 制定するべき諸国                              
                                              
 まず「慰安婦の嘘」犯罪を処罰する刑法を制定するべき国はどこかである。                          
 言うまでもなく、無責任な「慰安婦の嘘」発言を繰り返してきたのは日本の政治家や評論家たちである。インターネット上でも無責任な放言が氾濫している。「慰安婦の嘘」発言の主体は日本人であることが圧倒的に多い。そして被害者はアジア各国の被害女性(サバイバー)たちであり、その家族であり、彼女らと同じ民族に属する人々である。犯罪を抑止する観点からも、歴史的な責任からも、日本刑法に「慰安婦の嘘」犯罪を盛り込むべきである。ドイツが「アウシュヴィツの嘘」犯罪を制定したように、日本には「慰安婦の嘘」犯罪を制定する責任がある。                                        
 もっとも、「慰安婦の嘘」犯罪を加害国である日本にだけ制定するべきということにはならない。欧州でも、ナチス・ドイツによる被害を受けたフランス刑法に「アウシュヴィツの嘘」規定が採用されている。中立国だったスイスにも、フランコ政権だったスペインにも同様の法律がある。                                              
 それゆえ、日本以外の東アジア各国においても「慰安婦の嘘」犯罪を制定するべきである。朝鮮、韓国、中国、台湾、フィリピン、そして東南アジア諸国においても、「慰安婦の嘘」犯罪を制定することが必要である。                
 被害国側から「慰安婦の嘘」発言が出て来ることはないから立法する必要がない、と考えるべきではない。                                      
 第一に、欧州における「アウシュヴィツの嘘」立法と同様に、日本軍国主義による侵略と植民地支配の事実を否定することを許さない国際社会の意思を東アジア各国は明確に示すべきである。「アウシュヴィツの嘘」と「慰安婦の嘘」をともに伸展させることによって、ファシズムと闘い、民主主義を擁護する国際秩序の発展に寄与することができる。                        
 第二に、日本において「慰安婦の嘘」発言を行った人物が東アジア各国を訪問したならば身柄拘束し、それぞれの国において裁判を行うことができるように、領域的管轄権を明示しておくべきである。普遍主義に立った管轄権である。そうすることによって、「慰安婦の嘘」発言をした人物は東アジア各国を訪問できなくなる。つまり、安倍晋三首相が東アジア各国を訪問できなくさせることができる。現職の首相である間は、一九六一年の外交関係に関するウィーン条約の趣旨から言って安倍晋三を身柄拘束することも裁判にかけることもできないが、将来、首相を辞めた後に東アジア各国を訪問すれば逮捕されるかもしれないという状況をつくることである。「慰安婦の嘘」犯罪法の政治的意義である。                                 
 以上の理由から、日本をはじめとする東アジア各国において「慰安婦の嘘」犯罪を立法するべきである。                                          
                                       
2 条文案                                  
                                        
 それでは具体的な条文はどのように書かれるべきであろうか。十分な検討はできていないが、欧州における立法例に倣って、案文をつくってみよう。                              
                                       
A案:刑法第**条 公開集会、文書配布により、その他の形態のメディア・コミュニケーションにより、又は公開されるべく設定されたコンピュータ・システムによって、人種、民族的又は国民的出身、宗教、性別又は性的志向に基づいて、特に戦争犯罪又は平和に対する罪及び人道に対する罪の否定を通じて、人又は集団を中傷又は侮辱した者は、六月以上五年以下の刑事施設収容とする。                          
                                    
 A案はポルトガル刑法第二四〇条に倣った記述である。                            
第一に「公開集会、文書配布により、その他の形態のメディア・コミュニケーションにより、又は公開されるべく設定されたコンピュータ・システムによって」という形で、行為態様・手段を明示している。日本刑法の名誉毀損罪や侮辱罪の規定は、行為態様・手段をほとんど示していない。名誉毀損罪は、公然性と事実の摘示を掲げているが、手段を問わない。侮辱罪は公然性を掲げるだけである。それに比較して、A案は主要な行為態様を列挙している。                                 
第二に「人種、民族的又は国民的出身、宗教、性別又は性的志向に基づいて」として、差別的動機を示す。日本国憲法第一四条は「人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」としているので、この表現に合わせることも考えられる。                                     
第三に「特に戦争犯罪又は平和に対する罪及び人道に対する罪の否定を通じて」として、歴史否定発言を視野に入れている。ドイツ刑法は「行為を是認し、その存在を否定し又は矮小化する」、フランス刑法は「疑いを挟む」、リヒテンシュタイン刑法は「否定、ひどい矮小化又は正当化」、スペイン刑法は「正当化」、スロヴァキア刑法は「疑問視、否定、容認又は正当化」、マケドニア刑法は「公然と否定、ひどく矮小化、容認又は正当化」、ルーマニア法は「美化すること」としている。これらに倣って検討する必要がある。                            
第四に「人又は集団を中傷又は侮辱」として、被害結果を示している。集団を対象とする点が、日本刑法の名誉毀損罪や侮辱罪との相違である。いかなる集団を対象とするかは、右の差別的動機の記述に判断することになる。                             
                                 
B案:刑法**条 いかなる手段であれ、公の場で、ホロコースト、ジェノサイドあるいは人道に対する罪、又はその帰結を、疑問視し、否定し、容認し又は正当化することは、六月以上五年以下の刑事施設収容又は罰金に処する。                                  
                                           
 B案はルーマニアのファシスト・シンボル法に倣った記述である。                           
第一に手段は特定せず、「公の場で」という形で公然性の要件を示している。日本刑法の名誉毀損罪と類似しているが、事実の摘示が掲げられていないので、事実を摘示しない意見表明もこれに含まれる。その点に疑問が生じるようであれば、事実の摘示要件ないし類似の文言を加えるべきか否かを検討することになるだろう。                               
第二に「ホロコースト、ジェノサイドあるいは人道に対する罪、又はその帰結」として、否定の対象を明示している。これだけだと、人類史上のあらゆるホロコースト、ジェノサイド、人道に対する罪が含まれるとの異論が提起されるかもしれない。東アジアにおける歴史を踏まえれば、このような異論に根拠がないことは明らかである。ただ、異論が強いようであれば、後述の定義規定を挿入する方法も考えられる。                                   
第三に「疑問視し、否定し、容認し又は正当化すること」という行為態様を掲げている。B案では、差別的動機への言及がない。                                      
 A案、B案いずれも、東アジアや日本軍国主義という特定をしていないため、幅広く解釈される危険性が指摘されるかもしれない。しかし、欧州諸国における立法がそうであるように、東アジア各国においてこの種の立法を行えば、その意味内容は直ちに明らかになるのであって、曖昧であるとか、不明確であるということはない。曖昧であるとか、不明確であるなどと主張するのは、加害側の日本人であろう。被害側にとっては、これほど明確な条文はない。                                     
 とはいえ、刑法規定はできうる限り明確である必要がある。被告人となるかもしれない市民の立場から言って明確な犯罪規定が望ましい。東アジアでは第二次大戦後にも朝鮮戦争やベトナム戦争が闘われたので、それらとの区別も必要となる。そうであれば、条文の中に定義規定を設けることが考えられる。例えば、次のような限定である。                                
                                                   
C案:刑法**条第二項 前項における「戦争犯罪又は平和に対する罪及び人道に対する罪」とは、一九四六年一月一九日の極東国際軍事裁判所憲章に基づいて設置された極東国際軍事裁判所の管轄権に含まれる犯罪を指す。                                      
                                              
 先に触れたように、東京裁判では人道に対する罪が適用されていないが、極東国際軍事裁判所憲章は「極東ニ於ケル重大戦争犯罪人」による人道に対する罪を管轄対象に含めている。                                         

 なお、極東国際軍事裁判所憲章はカイロ宣言やポツダム宣言を前提としているから、日本軍国主義による犯罪を扱っている。それゆえ、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下や東京大空襲などの無差別爆撃の犯罪は対象外とされている。