Wednesday, July 09, 2014

大江健三郎を読み直す(23)現代の恐怖とは何か

大江健三郎『空の怪物アグイー』(新潮文庫、1972年)                                                 
文庫化は1972年だが、収録作品は1962~1964年に発表された7編の短編小説である。「不満足」「スパルタ教育」「敬老週間」「アトミック・エイジの守護神」「空の怪物アグイー」「ブラジル風のポルトガル語」「犬の世界」。『叫び声』『日常生活の冒険』『性的人間』から『個人的な体験』に至る時期であり、大江が最初期作品の後に方法論を模索し、主題を探訪しながら苦闘して、ようやく自分の世界を獲得していった時期に当たる。                          
文芸評論家の渡辺広士は、「大江健三郎は安保という事件と同時に、青春から出つつあった。家庭を持ち、子供を作るという生活が始まる。日常生活への嫌悪を叫んでいた『見るまえに跳べ』『われらの時代』から、もはや日常生活から逃げるわけにはいかないところに来ていた」とし、7編に共通なのは恐怖であると指摘する。核時代の恐怖、他者性の恐怖、深い森の恐怖、自己欺瞞、恐怖からの逃亡欲求など、さまざまにとらえ返した作品群である。                          

表題作の「空の怪物アグイー」は、恐怖からの逃亡欲求が描かれるが、この主題はその後の大江世界の主要な主題に発展していく。『個人的な体験』『万延元年のフットボール』から近年の作品に至るまでつながる主題である。