Friday, October 17, 2014

クマラスワミ報告書について(4)

クマラスワミ報告書がクローズアップされたために、日本政府が情報操作のためにまた奇妙な言い訳を流している。いい加減な情報を横流しするマスコミもあり、ネット上でも同じことが繰り返されている。
クマラスワミ報告書は、「1996年の国連人権委員会で正式に採択されていない」とか、「決議は「歓迎welcome」ではなく「留意take note」だったから本当の採択ではない」とか、「採択されたが事実上否定された」とかいう嘘が次々と並べられている。
こういうデマを相手にするのは本当に時間の無駄である。世界中でこんなことを主張しているのは日本政府だけである。
(1)経過
1996年の国連人権委員会で、決議案を準備したのはカナダ政府である。委員会の本会議場ではクマラスワミ報告書を絶賛する政府発言が続いた。その後、NGOも続々と絶賛発言をした。その間、別室で決議案の準備が行われていた。カナダ政府の決議案、それに対する各国政府の意見が寄せられていた。ただし、そこにはNGOは入れないので、私は詳細を知らない。いくつかの政府から又聞きした程度である。
決議案は、最初は一括でwelcomeだったのを、日本政府があくまでも拒否した。そうなると、多数決で決めるか、それとも、表現を変えてコンセンサスを得るかの2つの選択肢になる。当時は、人権委員会ではコンセンサス重視であった。安保理事会なら、見解が分かれた場合に、最後は決議に持ち込んで、数の勝負になる。しかし、人権委員会は、特に90年代はコンセンサス重視であった。人権問題で、数で押し切るのは、それこそアフガンとか、イラクとか、シリアのような場合くらいである。欧米諸国や日本に関するテーマで数で押し切ることはあり得ない。人権問題の場合は、相手国の反対を押し切って採決してもあまり意味がないと言われていた。そのため、人権委員会の審議の外(別室)で、秘密協議が行われ、日本政府の主張も入れながら、かなり時間をかけて調整していた。そこは秘密協議のため、私たちNGOは入ることが出来ない。時々刻々と流れてくる情報を集めていた。その一部は戸塚悦朗『日本が知らない戦争責任』に書かれている。
そうした協議の結果、クマラスワミ特別報告者の<活動をwelcome、報告書をtake note>という表現に落ち着いて、コンセンサス、つまり全会一致で採択された。カナダ政府が日本政府に配慮した形である。落胆した日本政府外交官は、決議の時は肩を落としてフラフラあるいていた。ところが、その後に日本政府がジュネーヴで日本の記者に記者会見して「クマラスワミ報告書は否決された」とガセネタを流した。直後に私たちは「take noteという表現で採択された」と記者会見し、日本メディアも「採択された」と報じました。日本の記者たちも決議の時に会場にいたのだから当然である。ところが、その後、日本政府と一部のメディア(ジュネーヴに記者のいないメディア)が東京で「take noteは事実上否決と同じ」などと訳の分からないことを主張し始めた。
以上が当時の、些末な議論である。まったく意味がない。ネット上でもずっと長い間、同じことを繰り返している人たちがいるが、無意味なので相手にしなかった。その議論が復活してきた。日本政府はここにこだわるしかないのだろう。
(2)重要ポイント
1.もし否決されたのなら、クマラスワミ報告書が国連のウェブサイトに掲載されるはずがない。クマラスワミ報告書はすべて掲載されている。
2.take noteの対象は、日本軍慰安婦報告書だけではなく、家庭における暴力報告書なども一括であり、それらが採択されたことに異議を唱える国は一つもない。家庭における暴力報告書(96年)は、社会における暴力(97年)、国家による暴力(98年)に関する報告書とともにすべてクマラスワミ報告者の主要な活動業績として高く評価されている。
3.take noteだから採択されていないとか、採択されたが軽視されたなどという主張をしているのは、日本政府だけである。人権委員会の、日本以外の52か国の政府はそのような主張をしていない。朝鮮、韓国、中国などは「クマラスワミ報告書に従え」と要求している。人権委員会53か国の中で、日本政府の馬鹿げた主張に同調している国があると聞いたことがない。
4.もし否決されたり、特に軽視されたのなら、クマラスワミ報告者は辞任せざるを得ない。にもかかわらず、その後も数年間、同様の活動を続け、同様の報告書を出し続けた。『女性に対する暴力の10年』(明石書店)参照。
5.クマラスワミ特別報告者の活動は評価が高く、「女性に対する暴力特別報告者」の任期が切れた後も、国連に招かれ、様々な役職を担っている。日本政府が敵視し、妨害し続けたにもかかわらず、現在も国連で特別の役職についている。
6.クマラスワミ報告者の報告書は、その後も人権委員会で実際に「引用」され続けた。日本軍性奴隷制報告書も、人権委員会における韓国、朝鮮、中国など政府発言の中で引用され続けた。正式に採択された報告書だから引用することが出来る。
7.人権小委員会の下部機関であった国際法専門家による人権小委員会(差別防止少数者保護小委員会)でもクマラスワミ報告書は重視された。人権小委員会のゲイ・マクドウーガル戦時性奴隷制報告者の報告書もクマラスワミ報告書に全面的に依拠している。マクドウーガル『戦時性暴力を裁く』(凱風社)--これも私たちが翻訳した。
8.もし、クマラスワミ報告書がきちんと採択されていないとか、軽視されたのであれば、その後、日本政府は安心して、これを無視すればよい。にもかかわらず、長年にわたって非難・中傷を続けているのはなぜか。日本政府の行動そのものが、クマラスワミ報告書が正式に採択されたことを裏付けている。