Tuesday, May 31, 2016

川崎市のヘイト・デモ不許可決定を歓迎する

(1)川崎市決定
川崎市は、5月31日、ヘイト・デモを行ってきた人物による新たな公園使用許可申請に対して、これを不許可とする決定を通知した。報道によると、これまでにヘイト・デモを行ってきた経緯から、同様のヘイト・デモが行われる可能性が高いため、「不当な差別的言動から市民の安全と尊厳を守るという観点から判断した」という。
人間の尊厳を侵害するヘイト・スピーチは犯罪とするべきであり、許してはならない。それゆえ、地方自治体がヘイト・スピーチに加担してはならず、ヘイト・スピーチを容認するべきではない。ヘイト・スピーチを行うことが明らかな団体に公共施設を利用させてはならない。その意味で、川崎市決定を歓迎する。
先週、国会でヘイト・スピーチ対策法が制定された。その内容はヘイト・スピーチ対策としては極めて不十分だが、法制定が今回の川崎市決定を容易にしたとすれば、法制定にも意味があったというべきであろう。
決定にかかわった川崎市の関係者、川崎市に要請行動を続けた市民の努力に感謝したい。とりわけ、川崎市に在住して、ヘイト・スピーチ被害を受けてきた在日朝鮮人の立ち上がりが今回の決定に大きな影響を与えたと考えられる。被害者の奮闘に敬意を表したい。
今回の決定を機に、各地で、公然たるヘイト・デモ、ヘイト集会に一定の規制をかけることができるようになると期待する。
(2)ヘイト・スピーチについて
他民族を誹謗・中傷し、尊厳を傷つけるヘイト・スピーチは本来、犯罪とするべきであるが、日本では「表現の自由だ」などとヘイト・スピーチを擁護する見解が根強い。
事後の刑事規制に反対するだけではなく、ヘイト・デモ目的の公共施設利用許可申請に対する不許可処分を、「表現の自由に対する事前規制であり、許されない」というのが一部の憲法学者の主張である。
このため、ヘイト・スピーチ対策を打ち出した大阪市条例の制定過程においても、事前規制も事後処罰も許されないという信じがたい極論がまかり通ってきた。
国際自由権規約はヘイト・スピーチ規制を要請している。人種差別撤廃条約はヘイト・スピーチ処罰を要請している。世界の120か国以上がヘイト・スピーチ処罰法を有している。EU加盟国はすべてヘイト・スピーチを規制している。
それにもかかわらず、日本の憲法学者は「ヘイト・スピーチ処罰は表現の自由に反する」とか、「ヘイト・スピーチ規制は民主主義に反する」などという、およそ理解しがたい暴論を唱え続けている。
こうした理解のもとに、「事前規制は許されない」という奇妙な見解が横行してきた。
(3)予想される批判について
今回の川崎市決定に対しても、同様の批判が差し向けられる可能性が高い。
第1に、集会使用に関する最高裁判例に反するので許されない、という批判である。
第2に、表現の自由に対する事前規制は許されない、という批判である。
ここでは、この批判が的外れであることを示しておきたい。
第1に、川崎市決定は、集会使用に関する最高裁判例に反しない。最高裁判例は本件事案と関係ない。
第2に、川崎市決定は表現の自由に対する事前規制ではない。
(4)ヘイト・デモに関する最高裁判例は存在しない
 一部の憲法学者は最高裁判例(泉佐野事件、上尾事件など)を持ち出す。大阪市条例制定過程における審議会答申も、これらの判例を持ち出した。しかし、これらはヘイト・スピーチと関係のない判例であり、不適切である。
 第1に、事案の構造が全く違う。ヘイト事案の構造は次のように表現できる。
A ヘイト団体(個人)が施設利用申請し、受理される。
B ヘイト団体が、インターネット上でヘイト集会の告知をする。(あるいは、メディア上で話題となる)
C 当該施設でヘイト集会が行われる。
D ヘイト団体がヘイト集会の映像をインターネット上に公開する。
 ここで着目するべきはBである。公然とヘイトが行われ、被害、法益侵害が生じるのはBだからである。これに対して、泉佐野事件の事例は暴力行為が行われる可能性があったか否かが問われたものであって、Bがない。
A 特定団体が施設利用申請し、受理される。
C 集会の際に暴力行為等が行われて、周辺住民の平穏な生活が妨げられる。(そのような事態を、Aの時点で 具体的に予測できたか、という問題である。)
ヘイト事案と泉佐野事件とでは、実行行為の構造も、保護法益も違う。
 したがって、最高裁判例はヘイト事案に関する先例ではない。ヘイト事案についての最高裁の判断は示されたことがないと理解するべきである。先例ではない最高裁判例を根拠に議論するべきではない。
(5)事前規制ではない。
泉佐野事件では、Aの時点の予測に基づいてCのための会場使用を拒否するので、事前規制である。
 しかし、ヘイト・デモ事案は行為が異なる。ヘイト事案では、Bの時点で法益侵害が生じる。Aの時点でそれが具体的に予見できれば、使用拒否すべきである。また、仮にAの時点では申請を受理しなければならないとしても、Bが判明した時点で、Aの使用許可を取り消さなくてはならない。
 もしBがなければ、施設内のヘイト集会の場合、使用許可を取り消す必要はない。対外的に告知せず、ヘイト団体メンバーだけが集まって施設内でヘイト集会を行っても、法益侵害がほとんどないからである(屋外の公園の場合は性格が違う)。事後に映像をインターネットにアップする行為については別途検討する必要がある。
 川崎市決定の事案は、これまでの経過や、ヘイト・スピーチ対策法制定と言った背景があり、社会的に注目を集め、公園使用申請がメディアで報じられたのであり、その時点で、これまで被害を受けてきた住民にとっては、新たな脅威が生じている。Bの時点で、民族差別、誹謗・中傷が行われるのではないかという恐怖に襲われる。つまり、すでに被害が生じているから、川崎市は公園使用を許可してはならない。これは被害発生による使用不許可である。事後規制であって、事前規制ではない。
(6)自治体はヘイトの共犯者になってはならない
 これは人種差別撤廃条約4条(a)(b)の問題ではない。条約2条と4条(c)の問題である。
 条約2条によれば、自治体は差別をしてはならず、民間の差別に加担してもならず、差別を終わらせなければならない。
 現にヘイト行為が行われているのに、ヘイト行為の主体に公共施設を利用させることは、自治体はヘイトの共犯になることであり、許されない。
 ヘイト行為が行われることが具体的に予見される場合も同様である。
また、ヘイト団体のヘイト行為に資金援助をすることは、条約4条からすれば犯罪である。利便性が高く、格安の公共施設を利用させてヘイト行為を行わせることは、自治体がヘイト団体に資金援助したことになる。税金で人種差別のヘイト行為が行われたことになり、このようなことは許されない(使用料の発生しない公園利用は別論だが)。
 結論として、「自治体はヘイト団体の公共施設利用を拒否できるか」という、一部の憲法学者が論じてきた問題設定そのものが誤りである。

 正しくは「自治体はヘイト団体に公共施設を利用させることができるか」と問うべきであり、ヘイト行為を行わない場合(公然性のない場合)にだけ利用させることができる、と考えるべきである。