Monday, August 21, 2017

実践国際人権法講座第4回 人種差別撤廃条約の日本への勧告

市民のための実践国際人権法講座第4回

人種差別撤廃条約の日本への勧告

日時:9月23日(土)18時~20時30分(開場17時40分)
場所:吉祥寺南町コミュニティセンター・多目的ホール
(吉祥寺駅から徒歩10分)
講師:前田 朗
参加費:500円

主催:沖縄と東アジアの平和をつくる会


「人種差別」とは人種、皮膚の色、民族的,種族的出身などに基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先のことで、政治的、経済的、社会的、文化的などの分野における人権及び基本的自由を享有、行使することを妨げ、害する目的や効果を持つ差別のことです。人種差別撤廃条約は1965年、国連総会で採択され、日本は1995年にこれを批准しました。
しかし、今なお日本には在日コリアン、アイヌ民族や沖縄/琉球、部落に対する差別、ヘイトスピーチなど、さまざまな人種差別が存在しています。
日本政府はこれらの人種差別をなくすための施策について終始消極的です。これに対して、人種差別撤廃条約の下で作られる人種差別撤廃委員会はこれらの差別をなくし、人種差別を日本の国内法で禁止し、処罰するとともに、マイノリティの権利を保障することを勧告してきました。
日本国内の状況を見てみると、7月28日には、大阪地裁が大阪朝鮮高級学校を無償化の適用対象外とした国の処分を取り消し、無償化の適用を義務付ける判決を出しました。判決では、教育の機会均等とは無関係な、外交的・政治的意見に基づき、無償化から外した行為を違法としました。
この判決を足がかりにして、在日コリアンや朝鮮学校に対する差別や今なお続く植民地主義を日本社会から清算していかなくてはなりません。そのためにも、人種差別撤廃条約を活用することができるでしょう。
 今回の講座を通じて、人種差別撤廃条約とその委員会の勧告を学び、人種差別のない社会を実現するために何ができるかを一緒に考えましょう。



最先端テクノロジー・アート創造企業の世界

宮津大輔『アートxテクノロジーの時代』(光文社新書)
IT、AI、SNSなどめざましい技術革新を前に、アートに何ができるか。技術革新はアートやデザインにどのような影響を与えるか。その最先端の具体例が紹介されている。
作家、画家、彫刻家、デザイナー。時に集団作業がなされるにしても、特定の個人名で語られてきたアートだが、いまやアート創造企業が大胆にして意欲的な特筆すべき作品群を生み出している。アートとテクノロジーを総合するには、個人よりも企業の方が利点があるからだ。
チームラボ
タクラム
ライゾマティクス
ザ・ユージーン
いずれも世界的に活躍するアート創造企業で、目の覚めるようなアイデア、夢と感動の美、伝統と現代と未来の総合、マクロからミクロまで世界への挑戦を続ける。その作品群は、多彩であり、驚きであり、偶然と必然の産物である。
著者はアート・コレクター、横浜美術大学教授。広告代理店で広報や人事を担当しながら、現代アートを収集し、独自の学問分野を切り開いてきた。内外の最先端のアート事情を紹介し、さらに先へと進む推進力ともなってきた。小さな新書にたまらない魅力がギュッと詰まっている。


Sunday, August 20, 2017

ローザンヌ美術館散歩

「ヤエル・バルタナ――震える時間」展(Yael Bartana, TREMBLING TIMES)を見た。
初めて知る名前だが、バルタナは、1970年イスラエル生まれ、イェルサレムのベザレル美術デザイン学校、ニューヨークのビジュアルアート学校で学び、ドキュメンタリー映像作家になった。現在ベルリン、テルアヴィブ、アムステルダムを拠点に活動している。実際の歴史をフィクショナルに再構成し、政治的ユートピアを模索しているようだ。代表作は「Profile」(2000年)、「Trembling Time」(2001年)、「And Europe Will Be Stunned」(2007~11年)、「True Finn」(2014年)など。
バルタナの問題意識を端的に示すのが、写真作品「Stalag: The Photographer」シリーズだ。バルタナ自身が被写体として登場する(他の作品では登場したことがないと言う)。1枚の写真はイスラエル女性兵士の制服を着てカメラを構えてこちらを向いて、まさにシャッターを押そうとしている。もう1枚の写真はナチス・ドイツの親衛隊の制服を着てカメラを構えてこちらを向いて、まさにシャッターを押そうとしている。そういうシリーズで、その容姿はリニ・リーフェンシュタールを想起させる。バルタナは兵士、市民、アーティストの責任を問う。日本では森村泰昌を思い出すことになるが。
展示の柱は「And Europe Will Be Stunned」3部作である。
第1作の「Mary Koszmary(Nightmares)」は、ポーランドにおけるユダヤ人ルネサンス運動を扱う。左翼運動家シエラコフスキーが「ユダヤ人はポーランドに帰還し、ポーランド人とともに、反セミティズムとホロコーストのトラウマを克服、新しい社会をつくるべきだ」と主張したという。その運動の呼びかけを映像化しているが、それは1930年代のナチスのプロパガンダ映像に類似していく。
第2作の「Mur I wieza(Wall and Tower)」はシエラコフスキーの呼びかけに答えた若者たちが、ワルシャワの元ユダヤ人居住地の公園にキブツを建設する。参加者全員で、木材を持ち寄り、家屋2棟と見張り塔を建設する。建設作業の中で精神的コミュニティができていく。が、それは第二次大戦時のゲットーに類似していく。あるいは、強制収容所に似ていき、さらには戦後の占領期の検問所に似ていく。
第3作の「Zamach(Assassination)」は、ポーランドに帰還したユダヤ人たちが、暗殺されたシエラコフスキーの追悼式を行う。シエラコフスキーの巨大な胸像が置かれる。人々が追想し、象徴的死を悼む。その参加者たちが徐々に表情を失い、真っ白な顔になっていく。個性を失った人々の前で、2人の若者が最後の追悼の辞を朗読する。その最後の言葉が、”Join us, and Europe will be stunned.”
かなり骨のある作品で、全部見るととても疲れた。イスラエル出身のバルタナがポーランド、ヨーロッパに向けて政治的パロディによる告発をしている。解釈の幅はかなり広いので、悩みながら、まだ結論が出ない。宿題が増えた。

Clemence, Cabernet Franc, 2015, Geneve.






預言者イエス=朴裕河と15人の使徒

浅野豊美・小倉紀蔵・西成彦編著『対話のために――「帝国の慰安婦」という問いをひらく』(クレイン)
1.本書出版の経緯と編集方針
(1)ドグマとの闘い
(2)イエスの受難
2.本書の基本的特徴
(1)第1の欠落:「応答しない」
(2)第2の欠落:「批判者を明示しない、引用しない」
(3)第3の欠落:「法を否定する」
(4)第4の欠落:「解決策に関心がない」
3.復活の日のために

1.本書出版の経緯と編集方針

(1)  ドグマとの闘い

しっかりした編集方針のもと、15人の執筆者が一糸乱れず編集方針を守って、ていねいにつくった本である。編集方針が確固としていて、言葉も明晰で、誤読の余地がない。迷いもブレもなく、目的に従ってまっしぐらの直球である。

日韓で政治的社会的問題となった朴裕河『帝国の慰安婦』を擁護する15人の著者による論文集である。
本書編集の直接のきっかけは「まえがき」(西成彦)に書かれているように、2016年3月に東京大学で開催された研究集会<「慰安婦問題」にどう向き合うか/朴裕河氏の論著とその評価を素材に>である。
「対話」を求めた研究集会(3.28集会)だったが、「オウムのように過去の主張をくり返す」(3頁)、「『ドグマ』にしがみつこうとする『帝国の慰安婦』批判の声は想像以上にかたくなで、『対話』らしい『対話』は成立しなかった」(5頁)からであるという。

つまり、問題は批判者の「ドグマ」である。あるいは、
「踏み絵」(24頁、浅野豊美)、
「自らの鏡に見えているものに誠実でありたいと考える人を窒息させようとする人たち」(44頁、東郷和彦)、
「レッテル貼り」(78頁、中山大将)、
「誹謗中傷」(96頁)
「悪意あるデマゴギー」(96頁)
「狂信」(104頁)
「病理」(104頁)
「集団ヒステリー」(112頁、以上の5つは、四方田犬彦)、
「暗黒の恐怖が渦巻いている」(277頁)
「恥ずべき暗澹たる汚点」(285頁、以上の2つは小倉紀蔵)である。
批判者は「暴力」「暴力的」である(本書に頻繁に登場する指弾の言葉である)。
――本書はこうした悪罵のオンパレードである。他人を罵る表現に磨きをかけるためにひたすら時間を費やした金字塔である。
本書の著者たちは冷静に学問的に話しているのに、批判者はオウム、ドグマ、デマゴギー、狂信、病理、集団ヒステリーである。このことを何十回でも言わなくてはならない。

このように宣言して、本書では15人の著者が、歴史学、文学、フェミニズム等々の領域からこの問題に切り込んでいる。

私も、オウム、ドグマ、デマゴギー、狂信と切り捨てられている側の一員だ。例えば、次の出版に関わっているからだ。
前田朗編『「慰安婦」問題の現在――「朴裕河現象」と知識人』(三一書房)
前田朗編『「慰安婦」問題・日韓合意を考える』(彩流社)
「戦争と女性への暴力リサーチセンター」編『日本人「慰安婦」』(現代書館)
「戦争と女性への暴力リサーチセンター」編『「慰安婦」バッシングを越えて』(大月書店)
日本軍「慰安婦」問題webサイト制作委員会編『性奴隷とは何か:シンポジウム全記録』(お茶の水書房)

なお、私も上記3.28集会に参加した一人であるが、発言の機会は与えられなかった。批判派50名、擁護派50名という規模なので、それはやむを得ない。秘密集会であったことに違和感を抱いたが、それも当時の「雰囲気」の中で主催者が選択したことであり、とやかく言うことではないと思った。ともあれ、この集会を企画・実現した主催者に感謝している。

(2)イエスの受難

この件では、朴裕河をハンナ・アーレントに喩える驚愕の珍事があったが、本書では、なんとエドワード・サイードに喩える(93~95頁、四方田犬彦)。そして、本書の随所で、朴裕河は実直誠実な研究者であり、不当な「誹謗中傷」に耐えているとされる。不当な批判が裁判にまでなり、朴裕河は精神的にも物理的にも迫害されているという。
こうした記述がえんえんと続いた後に、「もし彼女が精神を病んだり、自死したりしていれば、批判者たちはひとりの知識人の社会的生命のみならず、生存さえ奪った」ことになるという(257頁、上野千鶴子)。他人にここまで筋違いの因縁をつけて恫喝を加えるのだから、ぶっ飛んでいる。チンピラヤクザそのものである、と思ってはいけない。著者たちは、まじめなのだ。
何しろ、朴裕河は「民族の預言者」(264頁)であり、『帝国の慰安婦』は「十字架」(274頁)であり、すべては「イエスの受難」(274頁、以上の3つは天江喜久)であるのだから。

神の子にして預言者であるイエス=朴裕河の著書『帝国の慰安婦』への批判など許されるはずがない。それはオウムであり、ドグマであり、狂信であり、暴力である。それゆえ預言者を守るために15人の使徒が立ち上がったのである。

15人の使徒は次の通り(なぜ名前を明示・列挙するかは後述する)。
浅野豊美、小倉紀蔵、西成彦、東郷和彦、外村大、中山大将、四方田犬彦、熊木勉、中川成美、加納実紀代、藤井貞和、熊谷奈緒子、上野千鶴子、天江喜久、金哲。

2 本書の基本的特徴

本書には数多くの特徴があるが、それをいちいち列挙できない。ここでは、その一つであり、基本的と思われる、「欠落、否定、無視、忘却」に限って示しておこう。明確な編集方針をしっかり守り、決して道を踏み外すことのない使徒の懸命の努力がうかがえる。

(1)  第1の欠落:「応答しない」

3.28集会前半の一つ焦点は、『帝国の慰安婦』には数えきれない事実誤認があり、しかもその事実誤認がすべて朴裕河の主張に都合の良い方向での事実誤認であるという論点であった。
批判者側は数人が次々と事実誤認を論証し、「事実誤認の上に学問が成り立つのか」と迫った。「朴裕河はSTAP細胞の小保方晴子だ」という趣旨の発言が締めとなった。
擁護派はこれについて応答しなかった。問題を特定せずに、一般的に「仮に事実誤認があったとしても」といったレベルの応答がなされるにとどまったといえよう。このため対話が成立しないのは当然であった。本書も同じことの繰り返しである。15人の執筆者たちは、事実誤認を認めようとしない。

そして、「なぜ<数>を問うのか?」(中山大将)のように、論点そのものを審判に付し、批判派が数や多寡を問うことそれ自体を批判する。数や多寡を問題にしたのは朴裕河であるにもかかわらず、中山は、批判派を非難する。

中には「確かに歴史的事実の誤認や不適当な説明」(50頁、外村大)があることを認める表現もあり、歴史研究において史料群を調査すると「自分にとって“都合の悪い史料”に出会ってしまう、ということは往々にしてありうる」(52頁)とし、「“都合の悪い史料”を無視することは、プロパガンダでは許されるかもしれないが、研究の世界においては行ってはならない」と正論を唱える。ならば、朴裕河はどうなのか。“都合の悪い史料”を書き換えているのではないかと疑われている『帝国の慰安婦』はどうなのか。ところが、外村の矛先は朴裕河ではなく、慰安婦をめぐる従来の歴史研究に向かう。「不都合な史料について考える作業は軽視されてきたのではないだろうか」(54頁)と。かくして事態は反転する。朴裕河の事実誤認は容認され、天上の星よりも高く評価されるが、それ以前の歴史研究の側にこそ問題があったことにされる。
ここで外村の学問方法論においては許される事実誤認と許されない事実誤認があることが判明する。そう考えないと理解できない。外村は許される事実誤認と許されない事実誤認をどのように区別しているのだろうか。外村自身が、歴史研究において、いったいどれだけの許される事実誤認を駆使してきたのか、それは書かれない。

私は刑事法専攻である。日本において刑事法を専攻するということは、自分の理論において他人に死をもたらすことがあるということである(私は死刑廃止論者だが)。刑事法においては、てにをはのミスも許されない。てにをはの一文字の違いで、死刑か無罪が分かれるのだから。従って、刑事法学の世界では、慎重さが求められると同時に、誤りは速やかに訂正しなければならない。擁護派・中山・外村のような主張をすることはおよそ考えられない。歴史学では許される事実誤認や許される書き換えがあるという事実が、本書を読んでわかったが、納得しかねる。たぶん、それは私のドグマであり、狂信なのだろう。

(2)  第2の欠落:「批判者を明示しない、引用しない」

本書では、15人すべてが、「批判者」を非難しながら、その「批判者」の氏名を名指ししない。「批判者」の文献・出典を明示しない。編集方針として明確に「批判者を明示しない、引用しない」と決めたのであろう。そう考えない限り、ありえないことが起きている。
他の著作で、このようなことがありうるだろうか。15人の著者が、同じ「批判者」をひたすら非難しているにもかかわらず、その「批判者」の名前を書かない、文献も引用しない、出典を確認できない、という稀有の事態である。
本書で用いられるのは、
「一部の市民運動」(19頁)
「この本をめぐる批判」(26頁、以上の2つは浅野豊美)、
「制度的レイプ派」(40頁、東郷和彦)、
「諸研究者」(81頁、中山大将)、
「彼らの一部」(111頁、四方田犬彦)
といった言葉ばかりである。

本書には韓国挺身隊問題対策協議会の名前が頻繁に出てきて、何度も非難されている。ところが、韓国挺対協の主張をその文書から引用することはしない。論者が自在にまとめた言葉で語られるに過ぎない。
本書には吉見義明の名前が出てくる(54頁、外村大)が、「重要な資料を発掘し」たとされるだけで、吉見の研究内容は紹介されず、主張が引用されることもない。
本書には女性国際戦犯法廷が出てくる(171頁、西成彦)が、時代背景の説明のために出てくるにとどまり、女性国際戦犯法廷がいつどのように開かれたのか、主催者はだれか、判事はだれか、どのような判決かは紹介されない。
本書には、松井やより、西野瑠美子、中原道子、鈴木裕子、大森典子、金富子、小野沢あかね等々が登場しない。吉見義明、林博史、戸塚悦郎、荒井信一、鄭栄桓らも登場しない(吉見の名前は上記の形で一度出てくるだけである)。VAWW NET/RACも登場しない。

このことが意味することは、次の3つにまとめることができるだろう。
1つは、朴裕河が事実や証言の引用箇所を明示しない方法を愛用しているので、本書でも同じ方法を採用した。
2つは、具体的に名指しして引用すると、反論される恐れがある。反論を許さないために、相手を特定しない方法が望ましい。誰かが反論してきても「いやそれはあなたのことではありません」。
3つは、批判者はオウムであり、ドグマであり、暗黒の恐怖である。まともな人格的存在として扱う必要はない。預言者を批判するなどという裏切りと堕落と暗澹たる汚点である。名前を出すのも汚らわしい。
4つは、もともと15人の使徒は事実誤認を容認している。事実誤認が許されないなどと狂信する批判対象を明示しないのは驚くに値しない。相手に反論を許さず、一方的に叩いて叩いて叩きまくること、それだけが真実への道なのである。

私は、上記で15人全員の名前を列挙した。煩瑣だがいちいち頁数も明示した(ブログの記事で、普通、ここまではしない)。

批判する時には相手の氏名、具体的な主張内容を特定し、出典を明示するのが通常の方法だと思う私は、悪意あるデマゴギーであり、狂信であり、病理であるに違いない。

(3)  第3の欠落:「法を否定する」(ただし、都合の良い時は「法」を使う)

法の否定は2つの局面で明示される。

1つに、国際法の否定・軽視である。「慰安婦」問題では、国連人権委員会や国際労働機関で議論がなされ、国際法に照らして結論が示された。性奴隷制であり奴隷条約違反及び奴隷の禁止の慣習国際法違反。強制労働条約違反。そして戦争犯罪と人道に対する罪。女性国際戦犯法廷や、本書で批判派とひとくくりにされているらしき論者の多くが、国際人権法と国際人道法を引用してきた。
朴裕河が韓国挺対協批判を通じて、国際法に基づく議論を切り捨てたことは有名である。特に国際法における奴隷制概念は諸悪の根源であるかのごとく扱われる。15人の使徒も預言者に従って法を否定し、国際法を排除する。

奴隷制については興味深い記述がみられる。「慰安婦」が「預金通帳」を持っていた、私有財産を持っていた。だから、「”salve”とは呼べないと考えても不思議ではない」(80頁、中山大将)。
1990年代から何度も議論されたことだが、アメリカ黒人奴隷に典型的なように奴隷は「私有財産」を持っていた。いつでも取り上げることのできるカギかっこ付きの「私有財産」であるが、奴隷も蓄財して自由身分を買い戻すことが認められていたのだ。こうした常識を否定する中山は藤岡信勝や小林よしのりと祝杯を挙げることになる。

2つに、国内法の否定である。近代市民国家の法が否定される。朴裕河が訴えられた裁判の否定である。本書の随所で、名誉毀損を理由とする民事訴訟と刑事訴訟を繰り返し何度も非難している。法とか裁判とか検察など国家権力の装置であって、歴史学がこれに拘泥するべきではない。預言者を世俗の裁判にかけるなど許されるはずがない、と。近代法における裁判を受ける権利に唾を吐きかける。

ただし、15人の使徒は、都合の良い時だけ法を利用する。近代憲法における基本的権利としての学問の自由を根拠に、朴裕河免罪を主張する。そして、近代憲法における学問の自由を、学問ならば何でもあり、誹謗中傷の自由と読み替える。新聞や雑誌やTVやインターネットや街頭演説における名誉毀損が不法行為となり、時に犯罪になるのはよい。しかし、書物による名誉毀損があったとしてもそれは自由である。ここでは学問の自由が、学問の特権、学者の特権と読み替えられているのだが、そんなことを指摘するのは狂信である。ただし、学問の自由にも一定の慎重さを要するとの見解もある(231頁、熊谷奈緒子)。

(4)  第4の欠落:「解決策に関心がない」

「慰安婦」問題について議論しているのだが、本書ではその解決策に関心が向けられることがない(ほとんどない)。国際法を否定し、国連人権機関からの解決勧告を無視する。

しかし、代替案は提示しない。アジア女性基金の積極的肯定(東郷和彦)、2015年12月の日韓合意の肯定(東郷和彦)、「平和の像(少女像)」への批判(本書各所)が明示されるが、それでは、慰安婦問題をいかに解決するべきか、には関心が向けられない。
法を否定し、国家権力を否定する仕草を続けながら、日本政府によるアジア女性基金政策を支持する態度しか示すことができない。こっそり権力に寄り添うことも忘れない。
使徒の関心が向けられるのは、あらゆる手段を用いて預言者を擁護することだから当然のことであり、これに疑問を抱くのはユダへの転落であり、暗澹たる汚点である。
中には、当事者を置き去りにしてはならないとの感想も示されるが(例えば82頁、中山大将)、そこから先を論じることはしない。
以上のように、本書では、周到な準備のもと細心の注意を払って編集方針を貫徹し、読者からいかなる誤読もされないように配慮している。
それゆえ、まともな研究者がやらないこと、やってはいけないことが満載である。
時間をかけて念入りに準備し、学問破壊の福音書として十全の内容を備えるように工夫したのである。

3.復活の日のために

 本書で15人の著者は何をしようとしたのか。それも具体的に、鮮やかに示されている。
聖なる15人の使徒は預言者を擁護するために立ち上がったのである。それでは、預言者を擁護するとはどういうことか。

サイードが「石を投げている写真なるもの」(94頁)、水に落ちた犬に「石を投げる」エピソード(110頁、四方田犬彦)にはじまり、イスラエル・パレスチナに注目を集める。
アーレントに言及したのも、やはりイスラエル・パレスチナに注目を集めることにつながる。
予想通り、朴裕河は「民族の預言者」(264頁)であり、『帝国の慰安婦』は「十字架」(274頁)であり、すべては「イエスの受難」(274頁、以上の3つは天江喜久)であると続く使徒の合唱は、いよいよクライマックスに近づく。
感動に打ち震えながら、「もし彼女が精神を病んだり、自死したりしていれば、批判者たちはひとりの知識人の社会的声明のみならず、生存さえ奪った」(257頁、上野千鶴子)と、朴裕河の「死」を予言する欲望にかられた絶叫が響き渡る。「死」を、「死」を、という激烈な欲望である。
自分たちが何を言っているのかすらわからない恍惚状態で、「死」を、との叫びだけが反響する。
そして、「『預言者』はあたかも十字架を背負ってゴルゴダの丘を上がってゆくようである。嗚呼、学問の自由の代価はかくも重いのか! しかし、十字架の先にあるのは復活の希望である」(274頁、天江喜久)と、朴裕河を無理やりゴルゴダの丘に登らせる。
誠実なる使徒たちは、ひたすら「死」を願う敬虔な祈りをささげる。「死」への欲望が赤裸々に語られる。「死」こそすべてである。
なぜなら「復活の日」を待ち望むことこそ使徒の使命だからだ。
「朴裕河氏の『英雄性』は、五年後、十年後にはいまと比較できないほど確固たるものとなっているだろう」(287頁、小倉紀蔵)。
かくして15人の使徒は「確固たる」意思と熱意と欲望で「死」を謳いあげ、「復活」を夢見る。
その日のために、15人の使徒は一切の疑念を断ち、ユダに転落することなく、預言者と心を重ね合わせながら、嬉々として最後の審判への苦難の途を歩むのである。




Saturday, August 19, 2017

クローズアップ現代の23年を読む

国谷裕子『キャスターという仕事』(岩波新書)
1993年4月に始まったクローズアップ現代。23年間で3784本の放送がなされたという。2016年の番組再編により降板するまで、一部を除いて大半にニュースキャスターとして登場した国谷が、その23年間を振り返る。
もともとジャーナリストやアナウンサー志望ではなく、英語が流暢だったことから、英語放送のニュース原稿を読むことを頼まれたのがきっかけで、たまたまNHKに出るようになったという。
いったんやめて、アメリカに行ったところ、今度はニューヨークでNHKに頼まれてリサーチャーになった。資料集めや通訳やインタヴュー相手を探すなど雑多な手伝いをしているうちにキャスターとして出ることになった。いわゆる帰国子女で、日本の学校教育をほとんど受けていないため、日本語に自信がなく、猛勉強したようだ。
そうした様々な経緯からNHKのキャスターとなり、1993年からクローズアップ現代が始まった。数年で終わるはずが、23年も続く看板番組になった。
番組作りの様子が次々と紹介される。国際ニュースと国内ニュースの両方を取り上げていき、内外の要人にインタヴューを行った経験も紹介される。国内の労働問題をはじめ、阪神淡路大震災から東日本大震災まで、9.11、犯罪被害者問題、沖縄基地問題はもとより、科学、教育、政治その他実に多くのテーマを取り上げた。
数々の失敗も紹介される。失敗が結果としてよかった場合もあれば、思わぬミスもあれば、2015年の「出家詐欺」番組の大失態もある。印象的だったのは何といっても高倉健の「17秒の沈黙」だ。
ニュースとは何か。ジャーナリズムとは何か、キャスターの仕事は。悩み続けながら、「言葉の力を信じて」走り続けた23年間だと言う。
この本はぜひ学生たちに読ませよう。


ムルテン城壁散歩

ムルテンは10年ぶりだろうか。ムルテン湖の南岸にツェリンゲン一族が築いた城壁の町だ。スイス各地の都市の城壁は、ルツェルンのように部分的にしか残っていないところや、ベルンのようになくなったところが多いが、ムルテンは完璧に残っていて、保存されている。重要な観光資源だ。
ムルテン駅から歩いて5分ほどでムルテン城に出る。市役所付近は道路工事中だったので、もう1本の通りに出ようとしたら、新婚カップルとすれ違った。夏の青空の下、真っ白なタキシードとウェディングドレスが鮮やかだ。数人と連れ立って街中を歩いている。教会での結婚を済ませて、披露宴に行くところだろうか。
城壁に囲まれた旧市街をぶらぶら歩く。一番奥にある教会の裏側から階段を上って、城壁の2階の回廊を歩く。何度も観光客とすれ違う。一部は3階の登楼に上がることもできる。旧市街を上から見渡せる。白と教会にはさまれた狭い市内に赤い屋根の民家がひしめく。その向こうにムルテン湖が広がり、さらに向こうにブドウ畑が見える。
登楼から降りてふたたび回廊を歩く。と、先ほどの新婚カップルが記念撮影していた。反対側の階段から上がって、回廊を歩いているシーンを撮影している。このカップルのアイデアだろうか。それとも、ムルテンの新婚さんにはよくあることなのだろうか。たまたまであった観光客数人が写真を撮っていた。
市街に降り立って中華レストランで海老焼きそば。
食後は、湖岸に出てみた。遊覧船乗り場、ヨットハーバー、公園がある。芝生に座ってしばらく読書。国谷裕子『キャスターという仕事』を読了。陽射しが落ち始めていた。
FEU, d’Amour, Pinot Noir,Yvorne,2014.


Friday, August 18, 2017

トゥーン城博物館散歩

ベルンから南に特急で20分ほど、トゥーン湖からアーレ川が流れだすところにトゥーンの町がある。遊覧船、湖畔のリゾート地、トゥーン城。
はじめて来たが、もともとベルンやムルテンと同じく、ツェーリンゲン家が築いた要塞都市だ。アーレ川の水門や丘の上のトゥーン城をはじめ、街並みはベルンやムルテンと似ているところもある。もっとも、ムルテンは城壁が残っているが、ベルンとトゥーンは城壁がない。
トゥーンのオベレ・ハウプト通りのペデストリアンデッキが面白い。通りに面した2階部分が歩道になっている。ベルンはアーケードだが、トゥーンは一画だけだがペデストリアンデッキが特徴だろう。
ペデストリアンデッキをおりて、市役所前広場からトゥーン城に登る。小さな丘の小さな城で、すぐについた。中は博物館になっている。かつての生活用品などが展示されているが、何といってもトゥーン焼きの陶器が素晴らしい。ニヨン焼きがはかない城と朱色に特徴があるのに対して、トゥーン焼きは藍と黒が大胆に使われている。鳥の絵柄が多いのは、それが一般的だったのか、たまたま保存されているものがそうなのか。解説には、オリエントの影響も書かれていた。明示されていないが中国の影響だろうか。
城の隣の教区教会に入ると、パイプオルガンの演奏中だった。バッハのコラールだろうか。誰もいない中に静かに響いていたので、しばらく座って拝聴。
アーレ川両岸をぶらぶら散歩するがすぐに終わるので、美術館に行ったところ展示入れ替え中で休館だった。残念。美術館のカフェでコーヒーを飲んで、読書。日本から持参した『預言者イエス=朴裕河と15人の使徒』という貴重な本で、なかなか楽しめる。

Thursday, August 17, 2017

権力への抵抗の原理的考察

佐藤嘉幸『権力と抵抗――フーコー・ドルーズ・アルチュセール・デリダ』(人文書院、2008年)
1971年生まれの著者の、エティエンヌ・バリバールの下での博士号論文を出版したものだ。出版当時、購入したが、難しくて読み通せなかった。だから、次の著書『新自由主義と抵抗』は購入しなかった。
ところが昨年、佐藤嘉幸・田口卓臣『脱原発の哲学』(人文書院)を読んで、感銘を受けた。
そこで、今年の「脱原発市民会議かながわ&ハーベストムーンLIVE2017」の脱原発シンポジウムに、著者の佐藤嘉幸を招いた。
佐藤は『脱原発の哲学』の一端を披露してくれた。参加者にはとても好評だった。シンポジウムは私が司会進行をしたが、3人の発言者のそれぞれが面白く、考えさせられるものだった。しかし、いかんせん時間が足りなかった。佐藤が本調子になってしゃべるようになった時はすでに時間切れという結果となった。もっと聞きたいことがたくさんあったが、司会の力不足だ。という以前に、企画そのものが最初から時間不足になる運命だった。佐藤には次の機会にぜひ再度話をしてもらいたいし、共著者の田口卓臣にも登壇してもらいたい。
というわけで今回、『権力と抵抗――フーコー・ドゥルーズ・アルチュセール・デリダ』に再チャレンジ。難しすぎて理解できないところも繰り返し目を通しながら、ともかく最後まで読むことが課題だ。いちおう、その目標は達成したが、本書の内容を的確に理解したかとなると、そうは言えない。
「第1部 場所論と経済論」では、主にフーコーとドゥルーズのテキストを読み解きながら、主体の服従化された様態の変容を追跡し、フーコーにおける抵抗を「自己への生成変化」、ドゥルーズにおける抵抗を「他なるものへの生成変化」と呼ぶ。権力への抵抗のための戦略としての主体の変容と単独性の構築――自らの内面に取り込んだ権力に、主体はいかにして抵抗しうるのか。この問い自体は、これまで他の論者も取り上げてきたのを読んでいるので、なんとかついては行ける。
「第2部 構造の生成変化」では、主にアルチュセールとデリダのテキストを通じて、そしてラカン論への批判を通じて、社会構成隊の生成変化の可能性を論じる。権力装置によって再生産される構造をいかにして変容しうるのか。「死の欲動」に関する論述には歯がたたなかったが、イデオロギー論と構造論は比較的飲み込みやすい。アルチュセールの偶然性唯物論の射程も。他方、デリダの政治的戦略は、「贈与、赦し、歓待といった無抵抗の抵抗の実践」だという。「他者性の受け容れが、国家主権という残虐性のシステムを撹乱」するという。アルチュセールとデリダの社会的再生産に対する抵抗を、佐藤は「運命的なものへの抵抗」と呼ぶ。
ここに至るまでの佐藤のテキスト解読の徹底性、強靭さには驚かされる。「現在性の哲学」は、主体と社会構成体の変容を必然化する。偶然性の彼方で、偶然性を導入することで、必然となる抵抗の理論。
『権力と抵抗』と『脱原発の哲学』がどのような関係にあるのか、私には説明できない。原理的考察と実践的考察と単純に分けてしまうと、まずいかもしれないので、機会があったら、佐藤に聞いてみよう。そのためにも、『新自由主義と抵抗』も含めて、全部読んでおかなくては。田口卓臣『怪物的思考』(講談社)も読もう。
<目次>
序論
第一部 場所論と経済論
第一章 場所論Ⅰ/第一部への序論
  1・1 経験的‐超越論的二重性/1・2 ニーチェと外の思考/1・3 フーコーの権力理論のアポリア
第二章 経済論
  2・1 器官なき身体と死の本能/2・2 他なるものへの生成変化/2・3 非人称的力能
第三章 場所論Ⅱ、あるいは異種混交性の思考
  3・1 抵抗の戦略としての生存の技法/3・2 倫理の問題系への転回/3・3 魂は身体の牢獄である/3・4 倫理的主体化と単独性/3・5 内在性/第一部への結論 他なるものへの生成変化と自己への生成変化
第二部 構造の生成変化
第四章 死の欲動、偶然性、抵抗/第二部への序論
  4・1 ラカン的〈もの〉/4・2 差延の経済/4・3 マゾヒズムの一次性/4・4 欲動の迂回/4・5 無抵抗の抵抗/4・6 デリダ的切断
第五章 イデオロギー
  5・1 ラカン理論に対する「切断」/5・2 局所理論から一般理論へ/5・3 ディスクールの理論としてのイデオロギー理論/5・4 精神分析理論から構造変動の理論へ/5・5 構造的因果性と偶然性/補論 「鏡像的中心化」について
第六章 構造
  6・1 社会構成体の脱中心化/6・2 経済的なものと政治的なもの/6・3 構造変動と偶然性/第二部への結論 偶然性、物質性
結論 抵抗とは何か



Wednesday, August 16, 2017

ノンフィクションの未来のために

武田徹『日本ノンフィクション史――ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで』(中公新書)
<「非」フィクションとして出発したノンフィクション。本書は戦中の記録文学から、戦後の社会派ルポルタージュ、週刊誌ジャーナリズム、『世界ノンフィクション全集』を経て、七〇年代に沢木耕太郎の登場で自立した日本のノンフィクション史を通観。八〇年代以降、全盛期の雑誌ジャーナリズムを支えた職業ライターに代わるアカデミシャンの活躍をも追って、「物語るジャーナリズム」のゆくえと可能性をさぐる。>
日本文学史はたくさんあるが、ノンフィクション史はないと言うことで、武田はノンフィクションの歴史を渉猟し、整理する。
ノンフィクション事始めは、もちろん大宅壮一である。戦前は林芙美子や石川達三ら従軍作家のルポがあった。戦後もサークル誌運動、安部公房、共産党系ルポなどが並列していく。次いで「トップ屋」の時代を梶山季之と草柳大蔵に代表させる。そして、1960年に刊行の始まった筑摩書房の『世界ノンフィクション全集』によってノンフィクションの土俵が出来上がる。やがて、テレビにおいてドキュメンタリー番組、ノンフィクション映画が広まる。
1970年代、ニュージャーナリズムの時代に大宅壮一ノンフィクション賞がはじまり、そこから沢木耕太郎が登場し「私小説」ならぬ「私ノンフィクション」が試みられる。武田はここまではいわばオーソドックスにノンフィクション歴史を追跡しているが、1980年代以後は、様相が変わる。その後もノンフィクションはたくさん書かれたが、時代の現実に挑んだのは、むしろ田中康夫の『なんとなく、クリスタル』や、21世紀の「ケータイ小説」であるという。
この時代のもう一つの特徴として、大学に籍を置く研究者による「アカデミック・ジャーナリズム」があり、袖井林二郎、野田正彰、山根一真にはじまり、宮台真司、佐藤俊樹、古市憲寿、開沼博らが続くと言う。
ノンフィクションを系統的に読んでいない者にも、おおよその流れはよくわかり、納得しながら読むことができた。文字通り「日本ノンフィクション史」として重要な著作だ。
ドキュメンタリー、ルポルタージュ、ノンフィクションの定義、位置づけ、相互関係は、論者によって把握の仕方が違うが、いずれにしてもノンフィクション作品を構成する素材、資料、取材の在り方、文体など方法論が不十分だったという。フィクションとノンフィクションの関係も単純に区別しえない。定着したノンフィクションだが、方法論の模索はこれからも続くだろう。
日本ノンフィクションが文学、小説から離れ、自立していく過程の記述も面白い。その点では当時、ノーマン・メイラーやトルーマン・カポーティのノンフィクション・ノベルがあったが、武田は取り上げていない。私はメイラーやカポーティを熱心に読んでいたのだが。
本書には本多勝一も猪瀬直樹も鎌田慧も登場しない。立花隆はついでに触れられる程度で、佐野真一は『週刊朝日』差別事件が少し、という具合に、登場しない、あるいはごく軽くしか扱われない重要な作家がたくさんいる。たぶん、存命中の作家は取り上げにくいのだろう。ケータイ小説やアカデミック・ジャーナリズムに話が飛ぶのもそのためだろう。
10年後、20年後に、武田の「続・日本ノンフィクション史」が書かれることを期待したい。

関係ないけど、今夜は、我が青春のPink Floydの管理社会批判、The Wall