Friday, August 18, 2017

トゥーン城博物館散歩

ベルンから南に特急で20分ほど、トゥーン湖からアーレ川が流れだすところにトゥーンの町がある。遊覧船、湖畔のリゾート地、トゥーン城。
はじめて来たが、もともとベルンやムルテンと同じく、ツェーリンゲン家が築いた要塞都市だ。アーレ川の水門や丘の上のトゥーン城をはじめ、街並みはベルンやムルテンと似ているところもある。もっとも、ムルテンは城壁が残っているが、ベルンとトゥーンは城壁がない。
トゥーンのオベレ・ハウプト通りのペデストリアンデッキが面白い。通りに面した2階部分が歩道になっている。ベルンはアーケードだが、トゥーンは一画だけだがペデストリアンデッキが特徴だろう。
ペデストリアンデッキをおりて、市役所前広場からトゥーン城に登る。小さな丘の小さな城で、すぐについた。中は博物館になっている。かつての生活用品などが展示されているが、何といってもトゥーン焼きの陶器が素晴らしい。ニヨン焼きがはかない城と朱色に特徴があるのに対して、トゥーン焼きは藍と黒が大胆に使われている。鳥の絵柄が多いのは、それが一般的だったのか、たまたま保存されているものがそうなのか。解説には、オリエントの影響も書かれていた。明示されていないが中国の影響だろうか。
城の隣の教区教会に入ると、パイプオルガンの演奏中だった。バッハのコラールだろうか。誰もいない中に静かに響いていたので、しばらく座って拝聴。
アーレ川両岸をぶらぶら散歩するがすぐに終わるので、美術館に行ったところ展示入れ替え中で休館だった。残念。美術館のカフェでコーヒーを飲んで、読書。日本から持参した『預言者イエス=朴裕河と15人の使徒』という貴重な本で、なかなか楽しめる。

Thursday, August 17, 2017

権力への抵抗の原理的考察

佐藤嘉幸『権力と抵抗――フーコー・ドルーズ・アルチュセール・デリダ』(人文書院、2008年)
1971年生まれの著者の、エティエンヌ・バリバールの下での博士号論文を出版したものだ。出版当時、購入したが、難しくて読み通せなかった。だから、次の著書『新自由主義と抵抗』は購入しなかった。
ところが昨年、佐藤嘉幸・田口卓臣『脱原発の哲学』(人文書院)を読んで、感銘を受けた。
そこで、今年の「脱原発市民会議かながわ&ハーベストムーンLIVE2017」の脱原発シンポジウムに、著者の佐藤嘉幸を招いた。
佐藤は『脱原発の哲学』の一端を披露してくれた。参加者にはとても好評だった。シンポジウムは私が司会進行をしたが、3人の発言者のそれぞれが面白く、考えさせられるものだった。しかし、いかんせん時間が足りなかった。佐藤が本調子になってしゃべるようになった時はすでに時間切れという結果となった。もっと聞きたいことがたくさんあったが、司会の力不足だ。という以前に、企画そのものが最初から時間不足になる運命だった。佐藤には次の機会にぜひ再度話をしてもらいたいし、共著者の田口卓臣にも登壇してもらいたい。
というわけで今回、『権力と抵抗――フーコー・ドゥルーズ・アルチュセール・デリダ』に再チャレンジ。難しすぎて理解できないところも繰り返し目を通しながら、ともかく最後まで読むことが課題だ。いちおう、その目標は達成したが、本書の内容を的確に理解したかとなると、そうは言えない。
「第1部 場所論と経済論」では、主にフーコーとドゥルーズのテキストを読み解きながら、主体の服従化された様態の変容を追跡し、フーコーにおける抵抗を「自己への生成変化」、ドゥルーズにおける抵抗を「他なるものへの生成変化」と呼ぶ。権力への抵抗のための戦略としての主体の変容と単独性の構築――自らの内面に取り込んだ権力に、主体はいかにして抵抗しうるのか。この問い自体は、これまで他の論者も取り上げてきたのを読んでいるので、なんとかついては行ける。
「第2部 構造の生成変化」では、主にアルチュセールとデリダのテキストを通じて、そしてラカン論への批判を通じて、社会構成隊の生成変化の可能性を論じる。権力装置によって再生産される構造をいかにして変容しうるのか。「死の欲動」に関する論述には歯がたたなかったが、イデオロギー論と構造論は比較的飲み込みやすい。アルチュセールの偶然性唯物論の射程も。他方、デリダの政治的戦略は、「贈与、赦し、歓待といった無抵抗の抵抗の実践」だという。「他者性の受け容れが、国家主権という残虐性のシステムを撹乱」するという。アルチュセールとデリダの社会的再生産に対する抵抗を、佐藤は「運命的なものへの抵抗」と呼ぶ。
ここに至るまでの佐藤のテキスト解読の徹底性、強靭さには驚かされる。「現在性の哲学」は、主体と社会構成体の変容を必然化する。偶然性の彼方で、偶然性を導入することで、必然となる抵抗の理論。
『権力と抵抗』と『脱原発の哲学』がどのような関係にあるのか、私には説明できない。原理的考察と実践的考察と単純に分けてしまうと、まずいかもしれないので、機会があったら、佐藤に聞いてみよう。そのためにも、『新自由主義と抵抗』も含めて、全部読んでおかなくては。田口卓臣『怪物的思考』(講談社)も読もう。
<目次>
序論
第一部 場所論と経済論
第一章 場所論Ⅰ/第一部への序論
  1・1 経験的‐超越論的二重性/1・2 ニーチェと外の思考/1・3 フーコーの権力理論のアポリア
第二章 経済論
  2・1 器官なき身体と死の本能/2・2 他なるものへの生成変化/2・3 非人称的力能
第三章 場所論Ⅱ、あるいは異種混交性の思考
  3・1 抵抗の戦略としての生存の技法/3・2 倫理の問題系への転回/3・3 魂は身体の牢獄である/3・4 倫理的主体化と単独性/3・5 内在性/第一部への結論 他なるものへの生成変化と自己への生成変化
第二部 構造の生成変化
第四章 死の欲動、偶然性、抵抗/第二部への序論
  4・1 ラカン的〈もの〉/4・2 差延の経済/4・3 マゾヒズムの一次性/4・4 欲動の迂回/4・5 無抵抗の抵抗/4・6 デリダ的切断
第五章 イデオロギー
  5・1 ラカン理論に対する「切断」/5・2 局所理論から一般理論へ/5・3 ディスクールの理論としてのイデオロギー理論/5・4 精神分析理論から構造変動の理論へ/5・5 構造的因果性と偶然性/補論 「鏡像的中心化」について
第六章 構造
  6・1 社会構成体の脱中心化/6・2 経済的なものと政治的なもの/6・3 構造変動と偶然性/第二部への結論 偶然性、物質性
結論 抵抗とは何か



Wednesday, August 16, 2017

ノンフィクションの未来のために

武田徹『日本ノンフィクション史――ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで』(中公新書)
<「非」フィクションとして出発したノンフィクション。本書は戦中の記録文学から、戦後の社会派ルポルタージュ、週刊誌ジャーナリズム、『世界ノンフィクション全集』を経て、七〇年代に沢木耕太郎の登場で自立した日本のノンフィクション史を通観。八〇年代以降、全盛期の雑誌ジャーナリズムを支えた職業ライターに代わるアカデミシャンの活躍をも追って、「物語るジャーナリズム」のゆくえと可能性をさぐる。>
日本文学史はたくさんあるが、ノンフィクション史はないと言うことで、武田はノンフィクションの歴史を渉猟し、整理する。
ノンフィクション事始めは、もちろん大宅壮一である。戦前は林芙美子や石川達三ら従軍作家のルポがあった。戦後もサークル誌運動、安部公房、共産党系ルポなどが並列していく。次いで「トップ屋」の時代を梶山季之と草柳大蔵に代表させる。そして、1960年に刊行の始まった筑摩書房の『世界ノンフィクション全集』によってノンフィクションの土俵が出来上がる。やがて、テレビにおいてドキュメンタリー番組、ノンフィクション映画が広まる。
1970年代、ニュージャーナリズムの時代に大宅壮一ノンフィクション賞がはじまり、そこから沢木耕太郎が登場し「私小説」ならぬ「私ノンフィクション」が試みられる。武田はここまではいわばオーソドックスにノンフィクション歴史を追跡しているが、1980年代以後は、様相が変わる。その後もノンフィクションはたくさん書かれたが、時代の現実に挑んだのは、むしろ田中康夫の『なんとなく、クリスタル』や、21世紀の「ケータイ小説」であるという。
この時代のもう一つの特徴として、大学に籍を置く研究者による「アカデミック・ジャーナリズム」があり、袖井林二郎、野田正彰、山根一真にはじまり、宮台真司、佐藤俊樹、古市憲寿、開沼博らが続くと言う。
ノンフィクションを系統的に読んでいない者にも、おおよその流れはよくわかり、納得しながら読むことができた。文字通り「日本ノンフィクション史」として重要な著作だ。
ドキュメンタリー、ルポルタージュ、ノンフィクションの定義、位置づけ、相互関係は、論者によって把握の仕方が違うが、いずれにしてもノンフィクション作品を構成する素材、資料、取材の在り方、文体など方法論が不十分だったという。フィクションとノンフィクションの関係も単純に区別しえない。定着したノンフィクションだが、方法論の模索はこれからも続くだろう。
日本ノンフィクションが文学、小説から離れ、自立していく過程の記述も面白い。その点では当時、ノーマン・メイラーやトルーマン・カポーティのノンフィクション・ノベルがあったが、武田は取り上げていない。私はメイラーやカポーティを熱心に読んでいたのだが。
本書には本多勝一も猪瀬直樹も鎌田慧も登場しない。立花隆はついでに触れられる程度で、佐野真一は『週刊朝日』差別事件が少し、という具合に、登場しない、あるいはごく軽くしか扱われない重要な作家がたくさんいる。たぶん、存命中の作家は取り上げにくいのだろう。ケータイ小説やアカデミック・ジャーナリズムに話が飛ぶのもそのためだろう。
10年後、20年後に、武田の「続・日本ノンフィクション史」が書かれることを期待したい。

関係ないけど、今夜は、我が青春のPink Floydの管理社会批判、The Wall

Tuesday, August 15, 2017

ヘイト・クライム禁止法(134)ニュージーランド

ニュージーランド政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/NZL/21-22. 20 April 2016)によると、出版物、配布文書、公然と語った言葉を通じて、皮膚の色、人種、又は民族的国民的出身に基づいて人の集団に対する敵意を昂揚させ、又は侮辱を引き起こすことは違法である。報告書の対象期間に、人権委員会は人権法61条の申立てを243件受理した。
ヘイト・スピーチという特定の犯罪でない場合、人権法131条は人種的不和を煽動することを犯罪としている。対象期間には訴追事例はない。
2002年の量刑法のもとで、人種、皮膚の色、又は国籍のような共通の特徴を有する人の集団に向けて敵意ゆえに犯罪が行われた場合、刑罰加重事由となる。
2015年の有害なディジタル・コミュニケーション法は、いじめ、ストーキング、ハラスメント、悪意による物まね、重大な脅迫を対象とする。ディジタル・コミュニケーションを通じた人種憎悪の煽動は禁止されている。
2013年の不愉快な出版及びわいせつ法によると、子どもからの搾取を含むような不愉快な出版を犯罪としている。人種差別的な出版物も対象である。
前回の2013年報告書については『ヘイト・スピーチ法研究序説』第8章第14節参照。2015年法及び2013年法については今回初めて報告されたが、内容があまり詳しくない。

Monday, August 14, 2017

ヘイト・クライム禁止法(133)カナダ

14日午後、人種差別撤廃委員会はカナダ政府の報告書の審査だった。NGO席は60人近くの傍聴者で埋まり、満席状態。ふだんは20人程度のところ。つまり、常連以外に、カナダ政府の報告書審査のために40人くらいは来た、ということだ。
前回、2012年の審査の時は、7~8人の先住民族たちが、鳥の羽の飾りを頭につけて最前列に並んだので壮観だったが、今回それはなかった。みな普通の衣装だった。40人のうち半分くらいは先住民族らしき人たち。他に黒人系、白人系、そしてアジア系の人たちがいた。
最初の政府報告で、カナダの女性担当官が、2012年と同じことをした。別人だが、前例に倣ったのだろう。「カナダは多文化社会で多言語です。だから、私の報告は英語とフランス語でやります」と言って、英語で始めたが、5分くらいたつとフランス語に、次にまた英語に、そしてフランス語、最後にまた英語。人種差別撤廃委員たちは笑っていたが、先住民族の傍聴者は怒っていた。
2012年の時には、休憩時間に会場でみんなに聞こえるようにはっきり言っていた。「私たちの言葉で就職できないから差別だと言っているのに、役人は英語かフランス語ができないからダメだと言う」。先住民族に対して「英語・フランス語ができれば就職できる」と言い放つ行為は、それ自体、同化の論理だ。2007年の国連先住民族権利宣言に反対した4つの国の一つがカナダだ。他はアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド。日本でさえ賛成したのに。先住民族に対して「あなたの努力が足りない」と言っているに等しい。
今回、上記のような発言はなかったが、先住民族の人たちは、同じように思っていただろう。私の隣に座った女性は、カナダ政府発言の時に、口の中でぶつぶつつぶやいていた。委員が厳しい質問をすると、小さく拍手していた。
カナダ政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/CAN/21-23. 8 June 2016)によると、カナダには人種差別と闘い、実質的平等を進めるための強力な法制度があるという。カナダ人権・自由憲章、刑法、そして連邦及び州法は差別を禁止している。とくにカナダ多文化法はカナダ社会の基本的特徴を多様性ととらえている。
2013年、人種・民族に動機づけられたヘイト・クライムの警察への報告事例は585件であり、前年より17%減少した。人種的ヘイト・クライムのうち44%が黒人住民を標的とした。東アジア・南東アジア系住民が10%、南アジア系が9%、アラブ・西アジア系が8%、先住民族が5%である。
暴力行為は刑法で禁止され、犯罪の動機が量刑に際して考慮される。刑法は裁判官に、犯罪の動機が、人種、皮膚の色、宗教、国民的民族的出身を含む理由に基づいた偏見や憎悪である証拠があれば、判決において刑罰加重事由として考慮するよう要請している。
前回報告書で報告したように、刑法には3種類の憎悪宣伝犯罪がある。特定の集団に対するジェノサイドの唱導又は助長、公共の場所において平穏を侵害するに至るような特定の集団に対する憎悪の煽動、特定の集団に対する憎悪の故意による助長である。刑法は特定の集団を「皮膚の色、人種、宗教、国民的民族的出身、年齢、性別、性的志向、又は心身の障害」によって特徴づけている。
2015年、ケベック政府はヘイト・スピーチや暴力を煽動する言説を予防し闘う法律案を上程した。法案はヘイト・スピーチと暴力煽動言説を禁止している。ケベック権利・自由憲章に基づいている。法案は係属中である。
前回報告について『ヘイト・スピーチ法研究序説』参照。カナダのヘイト・スピーチ法については小谷順子(静岡大学教授)の詳細な研究がある。一部はオンラインで読むことができる。

<追記>
カナダ政府報告書は独自のスタイルのため読みにくかった。
CERDをはじめ、条約委員会への報告書にはおおむね2つのスタイルがある。1つは、条約の条文ごとに順番に実施状況を報告するスタイル。1条については…、2条については…というタイプ。もう1つは、前回の委員会からの勧告の順番で、これに応えるスタイル。前回の勧告1については…、というタイプ。ところが、カナダ政府報告書は、全く違って、民族文化集団、先住民族、司法の3つの柱建てをして、それぞれについて記述している。37頁の全部を読まないと、どこに何が書いてあるかわからない。普通の報告書なら、条約4条の部分をみれば、ヘイト・クライム/ヘイト・スピーチについてまとめて書いてある。
先住民族の教育に関する箇所に、真実和解委員会が出てくる。何かと思ったら、かつてのインディアン居住地学校について調査し、その実態を解明し、継続する遺産を解決するための委員会だと言う。2009年に設置され、調査を行うとともに、政府に勧告を出し、記録・資料を保管・公開する。2015年には教育、言語、文化、健康、司法制度などについて94の勧告を出したという。
また、先住民族宣言の履行と書いてある。国連総会で宣言が採択された時は反対投票したが、2012年に宣言を承認したという。

Noir Divin, Domaine du Paradis, 2015, Geneve. 赤い悪魔のラベル。

日本の行方、憂国の行方

鈴木邦男・白井聡『憂国論――戦後日本の欺瞞を撃つ』(祥伝社新書)
<■日本の政治に、未来はあるのか
トランプ政権誕生以後、日本の対米追従はますます加速している。政府は、国富を犠牲にしてまでも、自己保身を図っているのだ。「堂々たる売国」である。
いっぽう、戦後の日本には、真に国を憂えた人たちがいた。三島由紀夫、野村秋介、そして数多の右翼・左翼の活動家たちだ。彼らはいかに日本を変えようとしたのか。
売国がまかり通る今、彼らが活動をしていたころよりも、はるかに時代の空気が悪くなっている。国民全体がレベルダウンしているのではないか。
信念の政治活動家と気鋭の政治学者が、それぞれの視点から国を思い、戦後の政治活動、天皇の生前退位、憲法改正、日本の政治の現在と未来について語り下ろした。>
《本書の内容》
第一章 三島由紀夫と野村秋介
第二章 戦後の「新右翼」とは何だったのか
第三章 天皇の生前退位と憲法改正
第四章 日本の行く先
既に書評でも右翼左翼の激突、世代の異なる論客の対談として出ているようだが、鈴木は元右翼で、いまは右翼左翼の対立とは別次元の評論家と言った方が良い。
白井は1977年生まれで、70年の三島事件や72年の連合赤軍事件を知らない。鈴木としてもこういう世代との対談は初めてだと言う。鈴木は体験をもとに、白井は歴史を語る。前半は、白井が鈴木の体験や思想を問う質問が中心であり、その中で白井のコメントが随所に出てくるので、なかなかおもしろい。後半は、天皇と安倍首相の対立をどうみるか、自称保守は保守なのか、彼らはこの国をどうしようとしているのか、それ以前に彼らは人間をどう見ているのかを問う。
白井「日本の政治に未来があるだろうか」
鈴木「ないでしょう(爆笑)」。
爆笑付きだが、二人の答えはこれに尽きる。安倍政権は「堂々たる売国」だからだという。なるほど。
白井「どうやってナショナリズムを使いながらナショナリズムを超克していくか」、
鈴木「ナショナリズムを戦いながら、ナショナリズムを超えていくのが、日本の右翼の本懐でしょう」と。
その方法は具体的には語られていないが、白井が鈴木の話をいろいろと引き出している点で面白く読める対談だ。
以前から思っていたことだが、鈴木の野村秋介の評価は過大だと思う。野村を持ち上げたい心情は理解できる。しかし、『さらば群青』などを読んだが、思想的にはぱっとしない。
「野村さんは三島由紀夫になりたがっていた」という鈴木の言葉も何度か読んだ。ならば、「2番煎じになることが夢だった男」にすぎないだろう。
また、三島事件も朝日新聞事件もテロではなかったとして、テロだとただの人殺しになってしまうことが分かっていたからだと言う。しかし、癌の野村が自決することが目的だったからにすぎない。河野邸焼き討ち事件や経団連事件の説明がつくだろうか。
もう一つ気づいたところ(181頁)。
白井「一水会は組織として改憲をめざすものではないのですか。綱領みたいなものがあるのですか。」
鈴木「とくに、ないですね。」
白井「一度も作成したことがない。」
鈴木「ええ。」
しかし、一水会のウェブサイトには「綱領」「基本理念」「活動基本原則」が掲げられている。
いつ作成されたものかは明記されていないが、現在の木村三浩代表になってからのもののようだ。
なにしろ、「活動基本原則」には「平和力フォーラム」の名前が出てくる。私のことだ。

リヒテンシュタイン美術館散歩

週末はリヒテンシュタインに行ってきた。
スイスの東側、オーストリアとの間にある小さな国だ。5度目か6度目になる。スイス鉄道でザルガンスに出て、そこからバスだ。
首都のファドーツにつくと、メインストリートを歩く。車が通らない道で、観光客が多数お散歩している。政府、美術館、ホテル、レストラン、土産物屋が並ぶ。ぐるりと周って、書店に入った。第1のお目当てが、ここだ。ずっと以前に来た時に、リヒテンシュタインにおける小国研究の本を買ったが、その後の転居の際に不要な本を大量処分したため、一緒に処分してしまった。しかし、小国研究はやはり必要なので、今回2冊入手してきた。過去の本の入手方法も調べてきた。
リヒテンシュタイン侯爵(つまり王様)のハンス・アーダム2世が執筆した『三千年紀の国家』(郁文堂)はもとはドイツ語だが、英語版からの和訳が出ている。なかなか理論水準の高い本だ。
エミリア・ブロイス『欧州統合における小国の将来』(リヒテンシュタイン科学協会)は本格的な研究書だ。
美術館は、ファドゥーツの真ん中にある。
リヒテンシュタイン家は、リヒテンシュタインと言う国家とは別の一族の財産で美術品を収集してきた。主な美術品はウィーンのリヒテンシュタイン美術館にある。2012年に東京の国立新美術館で開催されたリヒテンシュタイン美術展はウィーンの美術館の所蔵品(中世から近代)だ。
ウィーンとは別に、ファドゥーツにもリヒテンシュタイン美術館があり、近現代美術を所蔵している。2000年にできたので、何度か訪れた。
2015年、隣にヒルティ美術財団の美術館ができて、地下でつながっている。今回はじめて見た。リヒテンシュタイン美術館側では、2つの展示だった。ヒルティ美術館側ではキルヒナーやスカリーの展示だった。
1つは、GORGORAいう美術集団だ。1959年にザグレブで、4人の画家、1人の彫刻家、他に美術史家など数人で立ち上げたグループだそうだ。60年代ザグレブで中心的役割を果たした現代アートのようだ。「スターリニズムに反対し、表現の自由を求めた」と書いてあった。もっとも、作品を見てもぱっとしなかった。絵画はよくある抽象画と言っては申し訳ないが。彫刻もいろいろ工夫していたのはわかるが、美術史に残るようなものではないだろう。解説によると、「GORGORAとして独自の思想をつくったわけではないので、グループ解散後、話題にならなくなった」と言う。
もう1つは、地元リヒテンシュタイン出身の「アンネ・マリー・イェーレ1937-2000――生誕80周年」展。フェルトキルヒ生まれの女性で、1965年から美術製作に打ち込み、1989年までフェルトキルヒに住んだという。60年代後半にフルクサスと連絡を取り、パリ、バーゼル、ベルン、ザンクトガレン、ローザンヌ、ウィーン、モンテビデオ、サンティアゴ、ベルリン、デュッセルドルフで個展。89~93年はアメリカに滞在したが、その後リヒテンシュタインに戻った。作品は実に多様と言うか、何でもやったようだ。油彩、水彩、写真、漫画があり、モナ・リザのパロディをたくさん。また、生活用品を利用した展示が多く、買い物袋、今のソファ、壁掛け、鉄製のエプロン、洗面所など、手を変え品を変え。洗面所は、文字通り、よくある洗面所の白い陶器が壁に設置されている。デュシャンへのメッセージか。いま見ても、意味がよくわからない。
3つ目はヒルティ美術館側でキルヒナー、スカリー展。ヒルティ美術財団が所有している作品だ。キルヒナー、ベックマン、スカリーが数点。他にジャコメティ、ピカソ、クレーなどが2~3点。ハンス・アープ、ボテロ、ホドラー、レジェも。めぼしいものの絵葉書を買ってきた。授業で使えるほどではなさそう。
美術館入口のカフェ&レストランは日本人シェフ。前に食べたが、お寿司はちゃんとしたお寿司だ。山の中でこれだけの寿司を出すのは大変だ。今回はコーヒーを飲んだだけ。

Friday, August 11, 2017

ストーカー評論家の執念――大江健三郎と加藤典洋

加藤典洋『敗者の想像力』(集英社新書)
オビに<『敗戦後論』から20年、日本は、今こそ敗北と向き合え>とある。なるほど20年か。でもいまさら加藤でもないよな。どうせまたのらりくらり、ねじれねじられの茶話が続くのだろう、などと思ったが、目次を見ると、大江健三郎論に70頁も使っている。一応読まなくては。
想像力と印象論と根拠なき決めつけと言う、文芸評論の実力発揮だが、多彩な顔触れが登場するだけに、楽しめる。何しろ、小津安二郎、カズオ・イシグロ、林達夫、朴泰遠、曽野綾子、目取間俊、ゴジラ、会田誠、シン・ゴジラ、庵野秀明、山口昌男、多田道太郎、吉本隆明、鶴見俊輔、宮崎駿、手塚治虫をひっぱりだして、「敗者の想像力」を論定しようとするが、話があちこち飛んでいくだけで、論証がない。最初の命題を最後にも繰り返しているが、1センチも深まっていないと感じられる。それでも読者を引っ張っていくのが、加藤の魅力かもしれない。
ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』については、すでに論じてきたためか重視されていない。今や手あかがついた感じがするからだろうか。他方、白井聡の『永続敗戦論』に言及がないのは、いささか理解できない。
さて、加藤の大江論ふたたび、だ。今回は、岩波沖縄裁判と『水死』の関連を問いかける論考となっている。「最後の小説」を唱え続けた大江が、『燃えあがる緑の木』3部作に続いて、ついに「おかしな二人組」3部作に至り、そこで終わるはずが、『水死』や『晩年様式集』に至ってようやく小説をやめる。
なかでも『水死』が書かれることになったのは、時期的にも、内容から見ても、沖縄・慶良間列島における集団強制死の記述(『沖縄ノート』)を口実に、歴史修正主義者たちが大江を名誉毀損で訴えた民事裁判が契機となっているのではないか。加藤はこのように問い、裁判経過を解説し、『水死』のあらすじを紹介し、大江の作品史を再確認し、戦後文学における位置にも言及している。加藤の主張自体は正しいと、私も思う。沖縄裁判と『水死』の照応関係の記述もよくできているし、かつての国家主義と戦後民主主義の連関、そして大江の転換と覚悟を読み解く手つきもたしかだ。加藤自身「乱暴なこと」と言いながらであるが、大筋は正しいのではないか。
ということは、「ぼろぼろな戦後に殉じる」覚悟を加藤も引き受けようとするのだろう。大江が裁判闘争と『水死』で、孤独と覚悟をあらためて打ち出し、宣言し、実演したように、加藤も「負けることを最後までやりとげる戦い」に乗り出していくのだろう。
加藤にとって大江は「もっとも長い時間、もっとも深く影響を受けた、恩義のある小説家である」という。文芸評論家にとって、そうした作家の最後の作品群を読み解く課題を自らに課すのは当たり前のことではある。
もっとも、加藤自身がわずかながら言及しているように、大江と加藤の関係と言えば、あの「事件」を忘れるわけにはいかない。
http://maeda-akira.blogspot.ch/2017/07/blog-post_80.html
『取り替え子(チェンジリング)』を論じた加藤の評論を、大江がその小説『憂い顔の童子』中で、実名で名指しし、非難し、あろうことか加藤の評論を燃やすシーンを描いた、あの衝撃の事件である。主人公・長江古義人の罵声と怒りは加藤に突き刺さったはずだ。そこからの空白を経ての大江論ふたたび、である。
もっとも逆に言えば、大江がここまで怒り、小説中で加藤の実名を挙げて非難したことは、もとをただせば、図星だったのではないか、という解釈も成立しうる。加藤はそう考えているかもしれない。「私にとっては光栄なことだ」というのはやせ我慢だけではないかもしれない。しかもそのすぐ後に、「この人が私にとっては、やはりもっとも大事な小説家であり、もっとも刺激を受ける小説家であることを今回もう一度、確認することができた」と述べ、最後の最後に「受けていただけるか心もとないが、この本を、大江健三郎氏の一九九四年にはじまる『後期の仕事』に、捧げる」とまで書いている。
ストーカー評論家の執念極まれり、とでも言おうか。ここまで来ると、あっぱれ、と言うしかない。
加藤は、『沖縄問題二十年』の新崎盛暉は2005年までに「物故」したという(本書217頁)。あれれ、いつ? と思うが。共著者の中野好夫と同年代とでも思ったのだろうか。大江の著作や沖縄裁判の著作を基に論じているが、沖縄についてさしたる関心を持っていないのだろう。新崎盛暉が何者であるか、加藤は知らないようだ。こういうところにも加藤らしさが浮き彫りになる。書き飛ばせ、間違いなど恐れるな!

<メーリングリストCMLへの投稿を下記に追加して貼り付ける。> 
もう一つだけ書いておきます。
加藤典洋は、宮崎駿の『千と千尋の神隠し』のところでは(180-181頁)、もとの世界(A)から、異世界(B)に行き、帰り着く世界(A)ももとの世界とは少し違う(A’)と主張し、これがアメリカ映画にはない、この作品の「特異さ」だなどと間抜けな主張をしています。
加藤によると、アメリカ映画はA-B-Aしかなく、
宮崎駿は、A-B-A’ という特異な作品をつくったのであり、
それが「敗者の想像力」のためだとつなげます。
呆れたお馬鹿さん。
『猿の惑星』ひとつとってもA-B-A’ということはわかるはず。
というか、パラレルワールドものの常識です。
「想像力」のないお粗末な文芸評論家と、無能な編集者によるばかげた本です。



ヘイト・クライム禁止法(132)アラブ首長国連邦

アラブ首長国連邦が人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/ARE/18-21. 17 May 2016)によると、憲法は、締結した条約には国内効力があり、政府はその規定の履行を監督する責任があるとしている。
1987年の連邦刑法は、人種差別及びその煽動、公務員による犯罪を刑罰加重事由としている。
差別と憎悪に関する2015年法は、人種差別と闘う目的で制定された。宗教及び聖なる宗教施設に対する中傷を犯罪とし、いかなる形態の差別と闘い、ヘイト・スピーチの表現を拒否している。同法は、神、宗教、預言者、伝道師、神の書物を侮辱することを禁止し、宗教、宗派、教義、信仰集団、宗教共同体、人種、皮膚の色、民族的出身に基づく、個人又は集団の間の差別を禁止している。インターネット、テレコミュニケーション・ネットワーク、電磁的ウェブサイト、情報技術その他印刷、オーディオ・ビデオ、言葉、文書、図画その他の表現手段によって、個人又は集団の間に不和、争闘、差別を煽動する言説及び行動を犯罪としている。同法は、宗教を侮辱し、差別を行い、ヘイト・スピーチを煽動、喝采、助長する目的で、結社、センター、団体、組織、同盟又は集団を形成、設立、組織又は運営した者は処罰されるとしている。
サイバー犯罪と闘う2012年法のもとで、不和、憎悪、人種主義、宗派主義、偏見を煽動する番組や思想を流布させるために、ウェブサイト、インターネット、情報技術を利用した者は処罰されるとしている。

市民がワシントン拡声器を活用するには

猿田佐世『自発的対米従属――知られざる「ワシントン拡声器」』(角川新書)
トランプ政権発足間もない3月の出版。トランプ政権になって、日米外交の状況に一つの変化があったという。それは、アメリカサイドの知日派が、日本のメディアを利用してトランプ政権を批判したり、注文を付けるようになったことだ。その成果に加えて、安倍首相の頑張りによってトランプ政権の方針が、極端なものから従来のアメリカ外交に戻ったという。これを猿田は「ワシントン逆拡声器」と呼ぶ。
というのも、それ以前は、日本の政治家や財界が、自分たちの望んでいることをワシントンのシンクタンクを利用して発表し、日本メディアに大きく報道させることによって、「アメリカが日本にこう期待している」という雰囲気を作り、それを日本で実現させてきた。これが「ワシントン拡声器」だ。
アメリカの政治家は日本のことなど気に留めていない。その現実の下では、ほんの一部の知日派が圧倒的な影響力を持つ。だから知日派とメディアを利用することによって、アメリカの圧力として使うことができる。アメリカおよび日本のエスタブリッシュメントは、ワシントン拡声器を使って、日本外交を自在に操ってきた。なるほど。
「新外交イニシアティブ(ND)」事務局長の猿田は、この実態を踏まえて、市民が外交における政策形成を行うこと、つまりワシントン拡声器を市民のために利用することを考え、実践してきた。その方法を広めるために本書が書かれた。
ND発足の発表を見た時、見慣れた名前、核抑止論者の名前がずらりと並んでいて、「これじゃあ旧外交イニシアティブ(OD)だ」と思ったものだ。
本書最後に提言されている辺野古基地問題解決案でも、「沖縄に駐留しているのは主に海兵隊であるから、現在、米軍における比重が下がった海兵隊、かつ対中国という点ではさして機能しない海兵隊基地の撤退は可能だし、アメリカにも有益だ」という話が新しい論点として提示されているが、これは1995年当時から何度も言われてきた古くからある話だ。
ND=猿田の新しいところは、ワシントン拡声器を市民外交に活用する実践として組み立てて、ワシントンでのロビー活動を展開していることだ。これは確かに重要だ。

ジュネーヴ美術歴史博物館散歩

ジュネーヴ美術歴史博物館、何かやっているかと思って寄ったところ、常設展とは別に、「21世紀の博物館」展というのをやっていた。
入口に年表とほんのわずかの説明があって、20世紀につくられた意欲的な博物館を提示してあった(磯崎新の群馬もあった)。
そして、21世紀につくられた、または計画されている世界各地の意欲的な博物館を取り上げるということで、パレスチナ博物館、北京のいくつかの博物館、杭州の漫画アニメ博物館、オスロのムンク美術館(すでにあるが、建て替えるようだ)など10数館の模型、平面図、予想図が展示されていた。パレスチナ、欧州、そして中国だ。日本の博物館は取り上げられていない。
杭州の漫画アニメ博物館一つ見ても、凄さがよくわかる。巨大な卵の組み合わせ型で、建築そのものが斬新だ。そこにどれだけの漫画とアニメを揃え、どのように展示するのか、想像しただけでも凄い。
日本ではバブルの時期に建築家がやりたい放題の設計をしていたが、今後は中国を先頭に超ポストモダンの建築が続出するだろう。経済的に衰退し、資金もなく、アイデアもない日本ではまねができないだろう。それどころかアホノミクスと称して覚醒剤に手を出したような経済状態だし。
もっとも、外国で計画されている博物館の設計者の中に、槙文彦や隈健吾の名前が見られた。
ジュネーヴ美術博物館の常設展は、中世から近代の西洋美術だが、展示が前とかなり変わっている。カラーメ、ホドラー、ジャコメティなど地元アーティスト中心の構成が前よりもはっきり打ち出されている。他方、地元なのにクレーの作品がなくなっていた。

ヘイト・クライム禁止法(131)タジキスタン

レマン湖畔の国連人権高等弁務官事務所パレ・ウィルソンの会議室で、人種差別撤廃委員会CERD93会期が開かれている。今回の審査対象は、クウェート、ロシア、アラブ首長国連邦、エクアドル、ジブチ、タジキスタン、カナダ、ニュージーランド。8月4日のロシア審査の公判を傍聴したが、今週は人権理事会諮問委員会に通っていた。昨日10日午後にタジキスタン審査の前半を傍聴した。
タジキスタン政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/TJK/9-11. 21 March 2016)によると、憲法17条は、民族性、人種、ジェンダー、言語、信仰、政治的意見、教育、社会的地位又は財産にかかわらず、権利と自由を保障される。男女は平等の権利を有する。
市民訴願法16条によると、中傷や侮辱を含む主張や、民族、人種、地域的敵意や宗教的敵意を煽動しようとする主張を行えば、法に従って訴追されることがあるとされる。
情報法37条によると、人種、民族、地方、宗教的又は言語的不和や戦争を助長する目的で、憲法秩序、国家の安全、サイバー安全を損ない、若しくは、暴力、テロリスト、過激活動、人に対する犯罪又は市民の権利侵害を唱道する情報を助長することは禁止されている。
安全法第6条は、社会、人種、民族、宗教、地方及び集団的敵意又は不和を助長することを含む、政治的過激主義を定義している。
任意団体法第15条は、人種、民族、社会又は宗教的敵意を唱道する任意団体、憲法秩序の暴力的破壊又は武装集団の結成を呼び掛ける任意団体の設立を禁止している。
その他、難民法、反テロリズム法、外国人の法的地位法、行政犯罪法、家族法にも差別禁止規定がある。
刑法第143条によると、ジェンダー、人種、民族、言語、社会的出身、個人的地位、財産、公務員であること、居住地、宗教、信仰、政党の党員であること、任意団体の構成員であることを理由に、市民の権利を故意により直接または間接的に侵害又は制約することに刑罰を科している。

平和の憲法政策論に学ぶ(5)

水島朝穂『平和の憲法政策論』(日本評論社)
V   ドイツ軍事・緊急事態法制の展開
V部はドイツの状況を紹介しながら日本の歩むべき道を探る。
「第19章 緊急事態法ドイツモデルの再検討」では、緊急事態法のモデルの一つとされるドイツ法について、歴史的経過から日本とどのように違うかを明確にし、緊急権濫用を防ぐ安全装置あることを指摘する。両国の憲法の基本的な性格の違いを踏まえた議論が必要である。
「第20章 ドイツにおける軍人の「参加権」──「代表委員」制度を中心に」では、ヴァイマル時代以来、国防軍の中に「代表委員」が置かれたことに始まり、戦後のドイツ連邦におけるその継承、発展をフォローし、軍隊における「軍人参加」の意義を考える。かなり限られた機能しか持たない点では積極的に評価できるわけではないとしつつ、軍隊社会に市民社会の風を吹き込む試みとして重要だと言う。
「第20章補論 「軍人デモ」と軍人法」では、1999年にドイツで初めて行われた制服軍人のデモを素材に、軍人と政治、軍人の基本的人権について考える。
「第21章 軍隊とジェンダー──女性の戦闘職種制限を素材として」では、女性の徴兵制のあるイスラエル以外は、圧倒的に男性が形成してきた軍隊に、女性進出がはじまった。アメリカでは女性が戦闘機に登場し実際に戦闘を行ったことがフェミニズムの勝利と喧伝された。ドイツ基本法は女性の戦闘職種を禁止しているが、その解釈・運用を紹介し、「フェミニズムの勝利か、平和主義の敗北か」を検討する。
「第22章 「新しい戦争」と国家──U・K・プロイスのポスト「911」言説を軸に」では、批判的憲法理論の代表であるプロイスが軍事介入を肯定するようになった癲癇の論理を検討する。
「第23章 戦争の違法性と軍人の良心の自由」では、軍人によるイラク戦争協力拒否事件の裁判を追跡し、批判的不服従の可能性を検討する。兵役拒否(市民的不服従)と軍隊内における役務拒否の関係が問い直される。
「第24章 日独における「普通の国」への道──19947月と20147月」デハ、ドイツのNATO域外派兵と日本の集団的自衛権論を対比して、現代の国防と平和について考える。
ふだんは忙しさのあまり、本格的な研究書をあまり読めなくなってきた。今回はジュネーヴに3冊の研究書を持ってきて、まず水島の著作を読んだが、本来ならいつもこうした研究書を読んでいたいものだ。旅先ではお手軽な新書や文庫が便利だが、やはりじっくり読むべき本に取りかかる方が楽しい。
今年は『きみはサンダーバードを知っているか』出版25周年だという。この間、自衛隊が一方で現代化、海外派兵化を遂げつつも、同時に災害救助にも力を入れてきた。後者の比重をこそ充実して、実質的に非軍隊化する課題は今も同じである。災害救助もしていることを口実に軍隊化を進めるのではなく、真の(国際)災害救助組織に転換した方が社会のためになる。

Thursday, August 10, 2017

平和の憲法政策論に学ぶ(4)

水島朝穂『平和の憲法政策論』(日本評論社)
IV  日米安保体制のグローバル展開
「第15章 安全保障体制」では、安全保障体制の用語解説を行って、導入としている。短い概説だが、安全保障の担い手として国家の安全保障から人間の安全保障への転換の必要性を説いている。
「第16章 日米安保体制のtransformationと軍事法の変質」では、世界的規模での米軍再編に自衛隊が組みこまれていく過程を分析し、防衛省発足をはじめとする軍事法制の変質を検証する。
「第17章 米軍transformationと自衛隊の形質転換」では、前章に引き続き、防衛同盟から介入同盟への転換、海外権益保護型への転換、それゆえ海外派遣型自衛隊の創出を確認しつつ、自衛隊解編への道筋を探る。
「第18章 「日米同盟」と地域的集団安全保障」では、国連と日米同盟の関係を問い、地域的集団安全保障と憲法の立場を読み解き、OSCEモデルを瞥見し、北東アジアの協調的安全保障を模索する。
グローバリゼーションが資本、情報、軍事のグローバル化を急速に進展させた時期、米軍再編と自衛隊再編がやはり急速に進行した。21世紀の日米同盟なるものが喧伝され、「同盟」思考が政権のみならず、メディアや一般市民にも浸透してきた。憲法違反の軍事化がどんどん進行する。水島はそうした事態をつねに冷静に追いかけ、そこに胚胎する矛盾を的確に診断する。自衛隊の装備の現代化や、活動範囲の拡大が、自衛隊自身にさまざまな矛盾を引き起こしている。憲法との矛盾や、市民意識との矛盾、そして自衛隊内部の矛盾。これらが自衛隊解編の手掛かりになる。